ここに消えない会話がある

  • 集英社 (2009年7月24日発売)
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本棚登録 : 691
感想 : 125
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ナオコーラさんが好きすぎて、最近は何を読んでも温泉に入ったときに立つ鳥肌のような、首を左右に捻ってあ"ぁ"~♨と言いたくなるような気持ちになってしまう(伝われ)

カバーだけじゃなくて、見返しのドット柄とか、夕日テレビ班の島の平面図とか、細やかなところまでセンスが大好きすぎる。(『昼田とハッコウ』の装丁も栞もアロワナ書店で最高だったな…)

表題作である『ここに消えない会話がある』は、全国で二番目くらいに偏差値の高い大学を出たものの、平凡にみえる仕事(新聞のラテ欄(テレビ欄)の製作)に打ち込む広田が主人公の物語。
仕事の内容もキツく入れ替わりが激しいので、広田が所属する夕日テレビ班のメンバーはみんな20代。

イヤな奴がでてきても、ある部分ではイヤでも違う視点から見れば結構いい奴だったりするナオコーラさんの描くキャラクターが好き。会話からそれぞれの登場人物の考えが垣間見えて、生きてるな、となる。
キャラクターの名前を呼び合う時も、ひとによって呼び方が違うのとか、そのひとらしさが出るのがとても良い。

P.35
「私、一緒に住んでいる人と、上手くいっていないんです」
岸は大学時代の先輩とつき合っていて、今は一緒に暮らしていた。その人は、要は岸の恋人なのだが、人前で、「彼」とか「彼氏」とかと言えなくて、岸は必ず「一緒に住んでいる人」という長い形容句を使った。

P.71
「岸さん、元気ですか?」
広田が声をかけた。
「はい」
岸はにっこりして見せた。
「関係ないんですけど、僕は、男なのに、野球って一回もやったことないんです」
「そうなんですか」
広田の使う言葉はいつも控えめだ。たいして間違っていないのに、「僕、間違えました」。わりと関係のある話なのに、「関係ないんですけど…」。一瞬で戻るわけがないのに、「一瞬行って、戻ってきます」。
野球をやったことない、という科白は、岸を和ませるために放たれたものに違いない。

P.81
そのあと、遠くの机で校正をしていた広田が、夕日テレビ島に帰ってきた。
「広田くんは、『チーズハム』と『ジューシーハムサラダ』と『玉子ツナ』の三つのうち、どれがいい?」
佐々木から聞かれて、
「チーズハム」
広田は立ったまま、即答した。
「わかった」
佐々木がサンドウィッチを取りに行きかけると、広田は少し考えてから、
「ちょっと待ってください」
と片手を上げて呼び止め、
「何?」
佐々木が振り返ると、
「『ジューシー』ってなんですか?」
と言った。そこで、一同爆笑。
どうしてハムサラダにだけジューシーという形容句がつくのか、と岸も可笑しく感じていたので、「広田さん、よくぞ言ってくれた」と思った。ハムサラダは人気がないから、お店の人がジューシーという惹句を付けたのかもしれない。
広田は、「ジューシー」の語感の良さに、ゆっくりと気がついたのだろう。

P.101
友だちもいないし、仕事を続けていくには広田の神経は繊細過ぎる。どうやってあと何十年も過ごしたらいいのか。この世はキュウクツ。居場所がない。日本は苦しい。
生きるとはこんなに不安なものなのか。
しかし、広田はこれを抱えていくことに決めた。不安。
波があって当たり前、障害があって当たり前、すぐに憂鬱になることも。
波があるから、波乗りできる。


後半に収録してある『ああ、懐かしの肌色クレヨン』もすごく良かった。
"アルビノ"という言葉を使わずに主人公の女性がアルビノであることに気付かせる文章力と、着眼点がさすがだな、と偉そうに思ってしまった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年12月11日
読了日 : 2023年11月29日
本棚登録日 : 2023年11月29日

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コメント 1件

ぐっちょんさんのコメント
2024/05/05

波があるから波乗りできる
いい表現ですね

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