花咲家の旅 (徳間文庫 む 9-5)

著者 :
  • 徳間書店 (2015年8月7日発売)
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感想 : 28
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『「いまの時代」の人間として生まれてきてよかったなあ、と思うことのひとつが、飛行機が空を飛ぶ時代に生まれてきたこと』と語る村山早紀さん。

古の時代より人は『旅』をしてきました。それは、観光というよりも食料を、住む場所を求めて未開の地へと移動するものでした。一方で人の『旅』の目的も時代によって当然に変遷もしていきます。村山さんは『いまの時代』に生まれたことの喜びをこうもおっしゃいます。

『鳥か天使でなければ見られなかったろう高度から見下ろす、機窓の下に広がるひとの街。遠く遠く広がってゆく、その美しさを知ることができる』。

私も『旅』が好きです。村山さん同様に『飛行機が空を飛ぶ時代に生まれ』たことを心から感謝しています。地上から見上げるぽっかりと浮かんだ雲のさらに上へと上がってもいける、改めて考えると凄いことができる時代に生きているのだと思います。そして、私たちはそんな飛行機や鉄道を利用して日本各地や世界各地へと『旅』をすることができます。『旅』の荷造りは面倒なものではありますが、その先に待つ楽しみへの期待がそれを上回ります。

そんな『旅』に出た先では初めて見る景色と出会い、初めての人たちとも出会う機会を持つことができます。『旅』は、そんな出会いに満ち溢れています。美しい緑の木々に囲まれ日常を忘れることのできる瞬間の到来。ここでふと考えます。そんな緑の木々たちから私たちはどのように見えているのでしょうか?生き物であっても口を持たぬ彼らの心を知る術はもちろんありません。しかし、この世にはそんな植物の語らいを理解できる人々がいると言います。『線路沿いに茂る緑たちのささやく声やうたう声、何かをずっと語り続ける声』が聞こえるというその人々。ここにそんな人々を描いた物語があります。『遠い昔から、当たり前の人とはどこか違うとささやかれる、畏怖の対象だった』という花咲家の人々。『先祖は神仙やあやかしの血を引くものやも知れぬと、恐れられ、敬われていた』という花咲家の人々。この作品はそんな花咲家の人々が『旅』に関わっていく物語です。

『ねえ』、『春が近いよ』と、『街路樹も、駅のそばに植えられた植物たち』の『ささやき』に送られるように旅立ったのは花咲家の次女・りら子。『目的のその町までは、陸路でおよそ半日ほど』という列車の旅は、父親の草太郎が教えてくれた『その町』への『気まぐれ旅』でした。『接客業の家の子だったので、家族旅行は経験したことがなかった』という りら子は、そんな旅路で『迷っていることも悩んでいることも、忘れていられる』と感じます。そして『目の前に光が溢れ』、そこには『空と、輝く海が広がってい』ました。『着いた、楠の葉駅』という無人駅に降り立った りら子は、『山の向こうの町は、楠の葉町っていったっけ』、『花咲家の、遠い遠い親戚が、住んでいるかも知れない町』と思う りら子。しかし、『今日の旅の目的地は、その町ではなく、ある意味、この山そのものでした』。『りら子の祖父、木太郎さんにこの山の話を聞いた』父・草太郎は『行ってよかったと思ってるよ』と りら子にこの山のことを話しました。そして、山へと足を進める りら子は『おそらくは道の半ばにある、小さな休憩所に行き着き』、『ええと、この辺なのかな?』と『辺りを見回』し、『見事に茂った楠』を見つけました。『おとなが十人がかりで抱えても、おそらくは手が回らないだろうと思われるような、大きな幹』には、『古ぼけたしめ縄が飾ってありま』す。『この木のことかな?』とその木の前に立った りら子は『花咲楠夫さん、いらっしゃいますか?本家の花咲りら子です… 父草太郎から話を聞いて、お会いしたくなって、訪ねてきました』と話しかけます。そうすると『山全体に茂る、楠の葉がひときわざわめき』ます。その時でした。『こんな僻地の山奥まで、俺に会うために旅してきたってわけかい?ありがとうよ』と言いながら『ひとりの男のひとが姿を現しました』。父と『同じくらいか、少し年上くらい』に見えるその男は、『きちんとおめかしをした、お洒落なおじさまでした』。しかし、『その姿はまるで二重露光の写真のように風景に透けてい』て、『幻のような姿』です。『もう長いこと、実に数十年も、この鎮守の森にい』るという楠夫は『時を止めた、変わらない姿』のままに『楠の妖精たちと一緒に』暮らしていました。そして、そんな楠夫はこの鎮守の森に一人存在することになる今までの出来事を語りだすのでした…という短編〈鎮守の森〉。人生の迷いの時期にいる りら子が旅先に訪ねた楠夫と話をする中で、『生きることに、意味があるのかなあって』という疑問の答えを感じとっていく好編でした。

「花咲家の旅」というこの作品。村山早紀さんの”花咲家シリーズ”の三作目となる作品で、シリーズの他の作品同様に六つの短編が連作短編の形式をとっています。そんな作品の冒頭には花咲家を構成する家族の面々の簡単な紹介ページが用意されており、この作品から読んだ読者への配慮もなされています。しかし、このシリーズの大ファンでもある私としては、このシリーズは、何がなくても一作目の「花咲家の人々」をまず読むことをおすすめしたいと思います。2020年上半期の私のベスト本の一冊にも選んだこの作品は、”花咲家シリーズ”の中でも群を抜く傑作であり、その世界観を把握するためにもまず読むべき作品だと考えるからです。

…と少し脱線してしまいましたが、このレビューは「花咲家の旅」のことなのでまず六つの短編それぞれについて視点の主となる主人公と概要について簡単にまとめたいと思います。

・〈浜辺にて〉: 祖父の木太郎が主人公。ショーケースの修理のために花屋の『千草苑』を二週間閉めることになり、その間、『あの思い出の海辺の観光地に行けば、亡き妻の面影を』見いだすことができるとも考え、新婚旅行先の南九州へと旅に出ます。

・〈茸の家〉: 花咲家の飼猫・小雪が主人公!『年をとった猫は、猫又、と名前が変わって、いろんなことができるようになる』と知った小雪。そんな小雪は『足を滑らせて』『運送屋さんのトラック』に落ちてしまいます。そして、トラックは遠くの街へと走り出してしまいます。

・〈潮騒浪漫〉: 次女りら子が主人公。りら子に父親の草太郎が『あれは大冒険でしたよ』と、『大学四年の冬』に『北欧の国々』へと旅に出た時のことを語り出しました。そんな中で、『海に向かって』ボートに乗った草太郎はオールを落としてしまい、沖へと流されてしまいます。

・〈鎮守の森〉: 次女の りら子が主人公。草太郎のすすめもあって『楠の葉』という駅から歩いて山へと入った りら子。そんな山の中の大きな楠の前で『花咲楠夫さん、いらっしゃいますか?』と呼びかけるりら子の前に『幻のような姿』をしたひとりの『お洒落なおじさま』が現れます。

・〈空を行く羽根〉: 長女の茉莉亜が主人公。茉莉亜は店の方から『はるかな故郷の…帰らざる…』という『雲雀の声のような、華やかに澄んだ』歌声を耳にします。『まあ、ゆすらさんだったの』というその声の主に驚く茉莉亜は人前では歌わない彼女の才能に魅せられていきます。

・〈Good Luck〉: 末っ子の桂が主人公。『沖縄旅行から帰ってくる』唄子(祖父の幼馴染)の迎えに空港へと訪れた桂は『電動車椅子に乗っている』一人のおじさんと出会います。『言葉を発声出来ない』その人は『いままでに何度か、あの親子を見た』と、目の前の親子連れのことを話し出します。

以上の通り、それぞれの物語には何らかの形で『旅』が登場します。『第三巻は、「花咲家の旅」、一家それぞれの旅の物語です』と語る村山早紀さん。そんな村山さんが『旅すること、移動することはとても好きです。特に空路。飛行機と空港が好きで好きで』と続けられる通り、この作品ではそんな村山さんの意向を反映して、一編目では飛行機の中、六編目では空港を舞台に物語は展開していきます。『旅』をテーマにした小説は多々あり、この村山さんの物語が珍しいわけではありません。しかし、村山さんのこの作品の特徴は、この作品が”花咲家シリーズ”の一作であるということで発揮されていきます。『古くから魔法じみた出来事や伝説が多い街』とされる『風早(かざはや)の街』。村山さんの作品の舞台として名高いこの街にある『風早駅前商店街の、その立派なアーケードの一番奥』に、この作品の主人公となる花咲家の人々が暮らす花屋の『千草苑』があります。先の大戦末期の空襲によって炎に包まれた『千草苑』。しかし、その建物を『守ろうとするかのように、薔薇の枝と花が揺れ、金木犀の枝が伸び、大きな翼のように建物を包み込み、火からかばっていた』という光景の先に生き抜くことができた花咲家の人々。そんな面々は『植物と会話したり、操る力』を持つ、これがこの作品の土台にある花咲家の人々の世界観です。そんな面々の旅路には、『旅』を扱った他の作品には見られない植物の存在を常に感じる姿が描かれていきます。『樅の木に話しかけても、苔たちに話しかけても、無視されて…』、『観葉植物たちは、特に人間に懐きやすい、そういう緑が多いようでした』、そして『奇跡が起きました。階段の両端に置かれたプランター、そこに植えられたポトスやモンステラたちが、一斉に葉と蔓を伸ばし…』というファンタジーの世界が展開するのがこの作品の最大の魅力。それを『旅』の中に見ていく物語は、シリーズ一作目、二作目とはまた違うこのシリーズの可能性を感じさせてくれるものでした。

そして、この作品は単にファンタジー世界を楽しむ作品というだけではありません。村山さんの作品では他の作品でもそうですが、物語の中に村山さんのメッセージが込められた言葉が登場します。そんな中で私の琴線に触れたのが次の言葉でした。

『あとから摑もうとしても、その神様の髪を摑むことはできない』。

それは、『チャンスに出会ったと思ったら、まずは手を伸ばし、捕まえてみるべき』ということを表しています。なるほど、と思うその表現は実はさらに続きます。

『チャンスの女神は、ひとりとは限らない。それにまた戻ってくるかも知れない』。

『何度でも追いかければいいのよ。また巡ってくるまで待って、待ち構えて、タイミングが合うときに、捕まえればいい』。そんな風に考えることで、必ずしも焦る必要はなく、自分がこれぞと思った時、自分の心の準備ができた時に手を伸ばせばいいというその考え方は、私たちをふっと楽にさせてもくれます。これこそが私が好きな村山さんの優しさの感覚であり、それが現れた言葉だと思います。そんな言葉が村山さんらしい文体に包まれてこの素晴らしい世界観を作り出している、この作品でもそのことが改めて確認出来ました。

『旅』をすることが好きという方は多いと思います。それは、普段の日常から離れることで今まで知らなかった景色と出会い、人と出会う機会でもあります。そして『ただ車窓を見つめ、目的地に向かう電車と一心同体になって、揺られていればいい』という『旅』の時間は、私たちに『迷っていることも悩んでいることも、忘れていられる』という時間を提供してくれる機会でもあると思います。そして、そんな時間は、『自分はどう生きていきたかったのか、夢は何だったのか』と、今の自分をゆっくりと見つめる時間を与えてくれるものなのかもしれません。

『旅』をテーマにしたこの作品。”花咲家シリーズ”の一作として、植物たちの語らいを聞き、植物たちに優しく語りかける花咲家の人々の姿が印象的に描かれるこの作品。シリーズ最終作である四作目もとても楽しみになった、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 村山早紀さん
感想投稿日 : 2022年5月11日
読了日 : 2022年1月10日
本棚登録日 : 2022年5月11日

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