サクラ咲く (光文社文庫 つ 16-1)

著者 :
  • 光文社 (2014年3月12日発売)
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感想 : 457
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『学校は誰のものだ』その答えを3つの短編に丁寧に描いた作品でした。

最初の<約束の場所、約束の時間>を読みはじめると、確かに辻村さんっぽい設定だけど、今ひとつかなぁという読後感でした。それが、次の<サクラ咲く>で一変。短編なので掘り下げはどうしても浅くなりがちで、途中で結末も見えては来るのですが、それでもこの明るい光のもとに解き放たれた世界には強くこみ上げてくるものがありました。そして、<世界で一番美しい宝石>では、3編で見えた世界の総括として、『学校は誰のものだ』という問いに対する辻村さんなりの答えを一緒に考えさせていただけたように思います。

学校には体育会系に代表されるようないわゆる大人が推奨する日向の高校生活を送る人たちの世界と、文科系に代表されるように大人しくオタクにも繋がる日陰の高校生活を送る人たちの世界があります。これは、少なくともこの国のどこにいっても、時代が変わっても変わらない大人も含めての一般的な共通認識のようなものになっているように思います。

どちらの世界を生きるかは入学した時から決まっていて、その両者の間には決して超えることのない、もしくは超えることのできない壁が立ちはだかっています。壁のこちら側と向こう側の世界、それぞれが反対側の世界を思う時、いつの時代も前者から後者は蔑みの対象、後者から前者は妬みの対象というのが一般的な見方ではないかと思います。そして、ヒトが群れたがる生き物である限り、壁を乗り越えて反対側に行こうと試みる人が出ると拒絶反応が現れます。その行為を思いとどめようとし、叱り、罵る。一方、頑張って壁を越えてきた人を受け入れる側にも拒絶反応を示す人が出ます。お前は反対側の世界の人間だろう、どうしてこちら側にやってきたんだ、お前などこの世界に生きるものではないといったように。学校が社会の縮図である限り、大人たちがその価値観を変えない限り高校の中だけが変わることなどありません。

この作品では、そもそも壁の存在自体がおかしいのではないか、こちら側と向こう側の世界という考え方がおかしいのではないか、学校って誰のものなんだという根本的な部分に光が当たります。大人になる前の高校生だからこそ、ひたむきに生きる彼らだからこそのそれぞれの結論。この作品で描かれる、ピュアで胸に詰まるような甘酸っぱい悩みをいっぱい抱えた高校生たちのひたむきな日常は、大人が読むと恥ずかしく感じる部分さえあります。でもそこに流れるテーマはとても古くて重いものです。疑問に思っていても何も変わることのなかった、変えられることのできなかったものです。だからこそ、大人になった自分の心が強く共感するのを感じました。

学校はそこに集うみんなのものであってほしい、辻村さんらしい仕掛けを3編に織り込んだとても優しくてあたたかい作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 辻村深月さん
感想投稿日 : 2020年2月2日
読了日 : 2020年2月2日
本棚登録日 : 2020年2月2日

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