キラキラ共和国 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎 (2019年8月6日発売)
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本棚登録 : 6797
感想 : 404
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誰かのことを思い、思いやり、そして手紙を書く。そんなこともめっきり少なくなった今の時代。でも、伝えたいことがある、思いを伝えたい人がいる、そんな人たちの思いを筆に乗せて伝えてくれる人がいる。『他の人に代わって文書を書くこと』それが代書。そして、それを家業とする雨宮家の店主・鳩子の物語が帰ってきた。『ぼんやりと、“この物語には続きがあるのかな”と考えてはいました』という小川糸さん。絶品の「ツバキ文具店」の続編であるこの作品。書名が「続・ツバキ文具店」でも、「ツバキ文具店II」でもないので、書名だけでは続編とはわかりません。また、続編と銘打っていても実はスピンオフ的作品の場合もあります。でも、この作品は大丈夫。文具店もそのまんま、登場人物もそのまんま、そして作品のクオリティも極上そのまんまという、もう待っていましたとばかりの最高の形で、あの「ツバキ文具店」のその後の物語が描かれていきます。

『人生には、めまぐるしく変わる瞬間がある。ミツローさんが私をおんぶしてから一年も経たず、私達は入籍した』と唐突に始まるこの作品。『今日から私は、雨宮鳩子ではなく、守景鳩子になった』と、「ツバキ文具店」の店主・鳩子が結婚したところから物語はスタートします。そして『QPちゃんは今日、小学校に入学した。私も今日から、「お母さん」一年生だ』と、いきなりお母さんにもなった鳩子。『QPちゃんとミツローさんのチームに自分も仲間入りできたようで、嬉しくもあり、照れ臭くもある』という感想に微笑ましくなるのは「ツバキ文具店」を愛する我々読者。『新生モリカゲ家の誕生日なのだ。大人はスパークリングワインで、QPちゃんは、季節のフルーツたっぷりのスカッシュで乾杯する』という幸せいっぱいの食卓。『QPちゃん、小学校入学、おめでとう。おとうさん、ポッポちゃん、けっこん、おめでとう』という掛け声の次に『みんな、おめでとう!』と思わず読者視点から声かけしたくなる最高の船出で作品はスタートします。

様々な代書の依頼をこなしていく鳩子。でもなんといっても鳩子が結婚したことが一大ニュースです。早速、結婚のお知らせを出すことを考えます『QPちゃんは器用に紙を折り始めた。完成したのは、紙飛行機だ』と、この瞬間に閃いた鳩子。『紙飛行機に結婚のお知らせを印刷して、紙飛行機ごと送ってしまおう』というアイディアに『私はひとりで興奮する』鳩子。
『このはる わたしたちは かぞくに なりました
ちいさな ふねにのり 3にんで うみへ…』
と最近入手した活版印刷の活字を使って『紙飛行機を広げた時、ちょうどいい位置にくるよう分散させて』文字を印字していきます。そして、『しっかりとインクが乾いたら、折り紙の要領で紙飛行機を作る』と進めていく鳩子。『歌川広重の東海道五十三次シリーズ』の切手を貼って投函し、『相手先の郵便受けまで紙飛行機が飛んでいく』とあとは相手に届くのを待ちます。そして、絶妙なのが、出した手紙のその先を『ポケットから紙飛行機を取り出す。「これ、見つけちゃった」』というバーバラ婦人が登場し、『乱気流の中を飛んできたのか、翼が少し破けている』という紙飛行機を鳩子に見せて『おめでとう。幸せになってね』と、祝福されることで紙飛行機が無事に届いたことを描きます。そもそも紙飛行機型の郵便が出せるという事実を知らなかった私にはそのことを知れただけで興味深々なお話ですが、出した手紙のその先まで続く納得感のある描写にとても幸せな気持ちでいっぱいになりました。

また、小川さんですから『食』も外せません。この作品にも魅力的なシーンがふんだんに散りばめられています。その中でも東京みやげで有名な『鳩サブレー』が地味にいい味を出してくれます。『ポッポちゃーん、おやつ食べよー』というQPちゃんに『鳩サブレー』を出してあげる鳩子。『鳩サブレーを冷たい牛乳に浸して食べるのが、目下、QPちゃんのお気に入りである』。えっ?私、そんな食べ方知らなかった!と思っていると、『「ひとくち、くれる?」まるごと一枚は食べられそうにないけれど、ちょっとだけ甘いものが食べたかった』とQPちゃんにお願いする鳩子。『あーん、と言うので、鳥のひなになった気分で口を大きく開けて待っていると、尾羽の方をひとかけらだけ砕いて口の中に入れてくれた』というシーンの微笑ましさ。『確かに、鳩サブレーはおいしい。優しくて、ちゃんと手作りの味がする』とまとめるその先に、『だけど、明治時代に発売された当初は、鳩三郎という名前だったなんて、笑ってしまう。三郎じゃ、まるで演歌歌手だ』とまとめる小川さん。たった一枚の『鳩サブレー』にこんな印象的なシーンを、しかもオチまでつけて描くなんて、小川さんの手に掛かるともう全ての食べ物が愛おしく感じてしまいます。

そして、『私はご飯を食べる喜びを知った。もちろん、それまでだっておいしいものを食べるのは好きだった。でも、同じ料理でも、ひとりで黙々と食べるのと、好きな人達とわいわいやりながら食べるのとでは、味が違ってくる。好きな人とおいしいご馳走を囲むことほど、幸せで贅沢な時間はこの世に存在しない』と鳩子が語るように、鳩子ひとりの食の風景が記憶に残る「ツバキ文具店」に比べて、「キラキラ共和国」では、家族が揃って食卓を囲む場面が自然に描かれていたのがとても印象的でした。また、瑞泉寺へ向かう坂でQPちゃんとヨモギを摘んだ『春』、覚園寺で八月十日に開かれる黒地蔵縁日に三人でそぞろ歩いた『夏』、獅子舞の色鮮やかな葉っぱの絨毯の上に並んで立った『秋』、そして荏柄天神の寒紅梅のピンクの花を親子で愛でた『冬』。舞台となった鎌倉の魅力と、日本の四季の美しさ、そして守景家の仲睦まじい家族の光景が美しく紡がれていく一年の物語。この絶妙なバランスが読後の物語の味わい深く残る余韻に大きな役割を果たしていたと思います。

続編ということもあって、作品冒頭から一気に作品世界に没入できる喜び、奥深い代書の世界に触れることのできる歓び、そしてあまりに美しい言葉が紡ぐ作品世界と戯れることのできる悦びに、なんて幸せな読書なんだろう、と恍惚となった至福の時間でした。「ツバキ文具店」、そして「キラキラ共和国」。しみじみと、いいなあ、この作品たち。ただただ、そう感じました。

小川さん、幸せな時間をありがとうございました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小川糸さん
感想投稿日 : 2020年6月6日
読了日 : 2020年6月5日
本棚登録日 : 2020年6月6日

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