ななつのこ (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (1999年8月19日発売)
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本棚登録 : 3340
感想 : 453
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○ 動かしたいのになぜか身体が動かせない恐怖。
○ 声を出したいのになぜか声が出せない恐怖。
○ 誰かが自分の上に乗っているような恐怖。

さて、あなたは、このような体験をしたことはないでしょうか?“金縛り”。そう、そんな恐怖な体験を”金縛り”と呼びます。私はかつてこの体験に悩まされていた時代がありました。当時住んでいたマンション。その隣が墓地だったこともあり、きっとこれは何かある、何かが影響している、まあそれだけの理由ではないですが、家庭環境に変化があったこともあって、そんな何かがあると思ったマンションから引っ越したところ、それまでが嘘のように、そんな”金縛り”がピタリと止まりました。やっぱり…と思い、幸いにもそれ以降一度も体験することなく生きてきた私。そんな中、”金縛り”は、”長時間の昼寝が影響している”、”上向きで寝る人に起きやすい”という”金縛り”の原因を取り上げたテレビ番組を見る機会がありました。その瞬間私の脳裏に蘇った”金縛り”に悩まされた当時の記憶。思い返せば、その症状があったのは土曜か日曜の夜、そして当時の私は週末の昼寝が日課だったという事実。また、現在まで上向きでしか寝付けない私というこれまた見事な一致。えっ、それが理由だったの?、と唖然とした私。詳細な解説を聞いてなるほどと納得した私。てっきり、霊の悪戯と長年思い続けていた私にとって、まさかの種明かしの機会となりました。

『身近で起こるミステリーなんて、およそこのような代物である』

そう、テレビをつけずとも、小説を読まずとも、私たちの周りには思った以上に、”なぜだろう”、”どうしてだろう”と思うことが溢れているように思います。血を見たり、人が殺されたりということでもなければ、そんな疑問をことさら意識することはないのかもしれません。しかし一方で、”なぜだろう”、”どうしてだろう”という思いは心のどこかにいつまでもモヤモヤとした感情を残します。もし、そんなモヤモヤをスッキリさせることができたなら…。この作品は、そんなモヤモヤをスッキリさせてくれる物語。『手を伸ばせば触れることのできるミステリー』をスッキリ、サッパリあなたの前で解決してくれる物語です。

『しばらく前に、スイカジュースなる飲料がはやったことがある』というその飲み物。『スイカジュースと銘打っておきながら無果汁と小さく印刷されていた事実』に違和感を感じるその飲み物。『どこかの大会社の社長令嬢』という友人がいることで『自分でお金を払ったわけでもない』のに、その飲み物を味わい『旨いだのまずいだのと偉そうに論評している、ふとどきな人間』という主人公の入江駒子。そんな駒子は、『生まれて初めて〈ファンレター〉なるものを書』きます。その経緯を振り返る駒子。『書店の新刊本コーナーで』偶然手にした一冊の本。『「ななつのこ」というタイトルの、短編集』というその本の『表紙に惹かれた』駒子。『薄汚れたランニングシャツは少年の痩せた肩からずり落ちかけ、裾も半ズボンにきちんと納っていない』という『麦藁帽子をかぶった少年』の表紙を見て『不思議な絵だった』と感じる駒子。『〈既視感〉という、使い慣れない言葉を舌の上で転がしながら、私は表紙をめく』ると、『「ななつのこ」というタイトルにふさわしく、全部で七つの短編が入っていた』というその本。『舞台はどこかの田舎で』あり『主人公は〈はやて〉という名の少年』。『ところがはやて君は、その名のように勇ましくもなければ、力強くもない』というその少年が『すいか畑の番を命ぜられたところから、話ははじま』ります。『その日のうちに、彼は夜の見張りに立った』ものの『ごろりごろりと転がるすいかのひとつひとつが、人間の生首に見えて』恐怖する少年。そして夜が明け、昼寝をしていると『仕様のない子…やっぱり眠ってしまったん…』 、『一晩中起きていろというのも……子供のことだから』という声が聞こえてきました。少年が番をしていたはずなのに『すいかはやっぱり盗まれていた』という事実。『とにかくこのことは、はやてには内緒だぞ』という父の声を聞いて、無我夢中で山の中に走った少年はそこで『一人の女の人に出会』います。『あやめさん』というその女性。そんな女性は『はやてちゃんは眠ったりはしなかったわ。すいか泥棒は来なかったのよ』と告げます。そして…と展開する「ななつのこ」というその本の内容。そんな本を気に入って衝動買いをした駒子は、作者に『ファンレターを書こう』と思い至ります。『この物語を書いた〈佐伯綾乃〉という人に、直接語りかけてみたい、という強い欲求に駆られ』た駒子。そんな駒子は、自身の身近で起こった出来事について、佐伯綾乃への手紙で触れるようになっていきます。そして、そんな佐伯から届いた返信には…というこの短編。基本的に同じ構造を取る各短編に先駆けるこの短編は、身近に起こるミステリーの謎解きをとてもわかりやすく見せていただいた好編でした。

七つの短編から構成されるこの作品は、一方で主人公の入江駒子が『書店の新刊本コーナーで』偶然に見つけた「ななつのこ」という短編集の内容がまさに入れ子になる形で構成されています。小説内小説が登場する作品は他にもありますが、この作品が凄いのは、両方の小説がそれぞれ七つの短編で構成されていて、かつ、その両方のストーリーがそれぞれの短編の中で同時に展開するという、非常に凝った作りがなされていることです。まずは、この作品の各短編のタイトル、および小説内小説の方のタイトルを一覧にまとめてみました。

本作タイトル - 小説内小説タイトル
1編目〈スイカジュースの涙〉- 〈すいかお化け〉
2編目〈モヤイの鼠〉-〈金色の鼠〉
3編目〈一枚の写真〉-〈空の青〉
4編目〈バス・ストップで〉- 〈水色の蝶〉
5編目〈一万二千年後のヴェガ〉- 〈竹やぶやけた〉
6編目〈白いたんぽぽ〉- 〈ななつのこ〉
7編目〈ななつのこ〉-〈明日咲く花〉

というような組み合わせになります。一編目の『すいか』、二編目の『鼠』以外は少なくともタイトルだけではその繋がりを感じることはできません。しかし、実際にはそのそれぞれが絶妙に絡み合い、雰囲気感を共有しながら物語は進んでいきます。どの作品も甲乙付け難いですが、特に上手いなあと感じたのは六編目の〈白いたんぽぽ〉でした。物語では小学校のキャンプのボランティアに駆り出された駒子の体験が描かれていきます。そこで出会った『いかにも儚げな少女』、それが真雪(まゆき)でした。『生命感の希薄な、線の細い子供』という真雪は、花が印刷された教材に色を塗るという課題で、チューリップや水仙だけでなく『タンポポまで、真っ白にしてしま』います。その行為を『あの子、情緒が欠落してる』と困惑する担任教師。一方で小説内小説の短編〈ななつのこ〉では、『その村の紫陽花はほとんどがピンクなのだが、はやての家の花だけはきれいな青』であるという不思議が語られます。そのそれぞれに、真雪がたんぽぽを白くした理由が『佐伯綾乃』からの手紙によって解き明かされ、はやての家の紫陽花が青である理由が『あやめさん』によって解き明かされるという展開を辿ります。ネタバレになるのでその理由は書けませんが、両者とも”科学的知識”によって、読者もなるほど!と納得の種明かしがなされる二つの物語。豆知識をもらった上で、スッキリ解決されるミステリーという形で展開していく七つの短編と小説内小説。入れ子という凝った構成がなされているにも関わらず、とても読みやすい作品だと思いました。

そして、そんな各短編では、上記した六編目同様に、『身近で起こるミステリー』を題材に、駒子が遭遇する身近で起こった謎がそれぞれ解き明かされていきます。私たちはミステリーというと、つい殺人事件が起こる血生臭い世界を想像しがちです。もちろん小説はフィクションですから、色んな場面を舞台に、色んな物語をそこに見ることができるのが魅力です。しかし、私個人としては、あまり血生臭い物語は苦手です。その一方で、なぜだろう、という謎解きを楽しむミステリーというものにはとても興味をそそられます。『なぜ、一美ちゃんは私のアルバムから写真を盗んだのだろう?そしてなぜ、今になって彼女はその写真を返してよこしたのだろう?』、『Tデパートの屋上にあった高さ約三メートル、体長約五メートルの怪獣のおもちゃが、約三十キロメートル離れたM市の保育園園庭に一夜にして移動したのは?』、そして上記したように少年が『すいか畑の番』をしたにもかかわらずスイカが盗まれた、その真犯人と手口とは?など、血生臭い殺人事件とは全く縁遠い、でもそれでいて主人公たちにとってはとても気になる疑問の数々、そういったものを本作品と小説内小説をパラレルに入り組ませながら見事に解き明かしていくこの作品。主人公・駒子が『いつだって、どこでだって、謎はすぐ近くにあったのです』と気づかされるそんな身近なミステリーが描かれる物語は、血生臭くないミステリーを探している、そんな読者にピッタリな物語だと思いました。

『きっと必要なパーツはすべて揃っているのです。揃い過ぎていると言ってもよいくらいに。いくつもの些細な”なぜ?”があります』というように、私たちの周りは、思った以上に”なぜ?”に満ち溢れています。一方で、日々忙しい私たちは、そんな”なぜ?”を十分に解決せぬままに時を過ごしてしまい”なぜ?”が”なぜ?”のままに終わってしまっていることも多々あると思います。そんな身近な”なぜ?”に正面から向き合ったこの作品。

なるほど、そういうことか!そうだったんだ!と解き明かされていくそれぞれの結末に、気分スッキリ!後味スッキリ!な気持ちにさせてくれた、優しさに満ち溢れた作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 加納朋子さん
感想投稿日 : 2021年4月17日
読了日 : 2021年1月17日
本棚登録日 : 2021年4月17日

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コメント 4件

ポプラ並木さんのコメント
2021/04/23

さてさてさん、感想拝見しまして、消化しつつあります。この本はとても高級感があり、しかしその中でも切なさもあり、温かさもあり、感情の起伏を制御するのが難しい本でした。

さてさてさんのコメント
2021/04/23

ポプラ並木さん、この作品は非常に凝った作りだと読んでいて感心しきりでした。小説内小説が同時に展開し、それが上手く絡み合うという仕掛け。まるで二冊分読んだような読後感。素晴らしい作品との出会いでした。

ポプラ並木さんのコメント
2021/04/24

さてさてさん、今日、ささらさやを買ってきました。今からいつ読むか楽しみです。

さてさてさんのコメント
2021/04/24

ポプラ並木さん
はい、ささらさやもとても優しい世界観の作品でした。私も”ささら”シリーズを読んでいきたいと思います。

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