『喜怒哀楽』、人間が持っている基本的な感情を表すと言われる言葉です。一日の終わりに今日一日を振り返ってみて、どの感情に支配されていた時間が長かったのかを考えてみます。喜びや、楽しみの時間が多くを占めていたなら、その日はとても幸せな一日だったと言えるでしょう。哀しみに支配されている時間が長すぎると精神的には危険信号が灯る場合もあります。そして、怒り。他の感情と違ってこの感情は、自分の内だけの問題に留まらず、他人に影響を及ぼしてしまうこともある最も危険な感情です。人の怒りのピークが維持される時間は6秒と言われます。この6秒をコントロールする術-アンガーマネジメント-。でもこれに失敗すると、相手を深く傷つけ、その怒りをコントロールできなかったがために、その後の自分自身に取り返しのつかない未来を、哀しみを連鎖させる人生の分かれ道になってしまう分岐点となることもあります。
『東京から転校生でやってきたエミリちゃん。お父さんが足立製作所の重役をしている』という彼女と友達になった4人。おとなしいけどしっかりしてる紗英、みんなの中で一番がんばって頼りになる真紀、スポーツがよくできて足の速い晶子、工作が得意で器用な由佳、そして何にでも積極的でみんなをリードするようになるエミリ。そんな5人の前に突然現れた一人の男。『おじさん、プールの更衣室の換気扇の点検に来たんだけど、うっかり脚立を忘れてしまったんだ。ネジをまわすだけなんだけど、肩車をするから、誰か一人手伝ってくれないかな』これが現代の小学校4年生だったらどうでしょうか。こんな言葉についていくかはわかりません。でも彼女たちは従った。そして、その先に悲しい光景が広がりました。
残された4人。悲しい光景を前にした4人が手分けしてとった行動、役割、それによって彼女たちにそれぞれの後遺症を残します。『おとなになったら殺される。生理が始まったら殺される 。無意識のうちに自分のからだに暗示をかけ続けていた』、『事件のあとの生活?身の丈以上のものを求めると不幸になる』、『わたしのいるところで、子どもが殺されてはいけない。わたしが守らなければならない。今度こそ、しっかりしなければいけない』しかし、それぞれが心に深い傷を負ったのは単に悲しい光景を見ただけではありませんでした。
娘が無残に殺された現実。その現場にいながらきちんとした目撃証言さえできなかった4人を責める殺された彼女の母親。彼女らをわざわざ呼び出し、怒りの感情に任せて『あなたたちは人殺しだ。犯人を見つけるか、わたしが納得できるような償いをしなければ、復讐をする』と言い放ったこと、これが後遺症を決定的なものにしたのでした。
湊さんと言えば衝撃的なデビュー作である「告白」が一番に浮かびます。この作品はそんな湊さんの3作品目にあたります。「告白」と同じように登場人物が順番に登場してひたすらに長く語って、その中から次第に真実が浮かび上がってくるという構成も同じです。でも随分と受ける印象は異なりました。この作品では、連鎖ということが一つ大きな主題になってくるように感じました。怒りが頂点に達してコントロールできなくなり、取り返しのつかない行動として現れてしまう、それがまた次の怒りの感情を生んでいくという負の連鎖です。そして、書名どおりの『贖罪』の日々だけが残った。『贖罪』の人生を生きていく他ない人たちが残った。
湊さんらしい、うぐぐ、と後味の悪い結末。小説の世界のことではありますが、怒りの感情をコントロールできないことでこれだけの負の連鎖を巻き起こすというのも、人生とても怖いものだと改めて思いました。
とても読みやすい文章であるが故に、後味の悪さがストレートに自分の気持ちに入ってきてしまいましたが、終章のお陰でちょっと救われ、最悪な気分に落ち込むことは免れました。でも、逆に『贖罪』ってなんだろうといつまでも余韻の残るそんな作品でした。
- 感想投稿日 : 2020年3月27日
- 読了日 : 2020年3月26日
- 本棚登録日 : 2020年3月27日
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