結婚相手は抽選で (双葉文庫 か 36-5)

著者 :
  • 双葉社 (2014年6月12日発売)
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えー、たまたまこのレビューをご覧いただいているそこのあなた、そう、あなたです。今、巷を賑わせているニュースはすでにご存知でしょうか?

えっ?ご存知ない?それは、ヤバイと思いますよ。特にあなたが『二十五歳から三十五歳まで』の方だとすると、いきなり当事者です!『週刊毎朝・十月五日号』の記事から抜粋しますね。

『抽選見合い結婚法が、来年四月一日より施行されることが決まった。対象は、二十五歳から三十五歳までの男女で、前科や離婚歴がなく、子供のいない独身者である。抽選方法は、本人の年齢プラスマイナス五歳の範囲内で無作為とされている…相手が気に入らなければ、二人までは断わることができる。しかし、どうしても気に入らずに三人目も断った場合は、テロ対策活動後方支援隊に二年間従事しなければならない』

さて、どうでしょう。ヤバいですよね。知らなかったでは済まされませんよね。失礼ですが、あなたには、今、彼氏もしくは彼女がいますか?いないとしたら、もう一刻の猶予もないんじゃないですか?抽選で『お見合い』相手が決められてしまうんですよ。二人までは断われるとしても三人断わると、『テロ対策活動後方支援隊(通称テロ撲滅隊)』へと入隊だなんてヤバすぎますよね。えっ、私?はい、こんなに既婚者で良かったなあと感じたことはないですよ。結婚生活も色々辛いですが…モニョモニョモニョ…でも、『抽選見合い』の対象になんかされてたまりますかって。キッパリ!ところで、よく見るとこの法律には『見合い』という言葉が入っていますよね。最近、聞きませんよね、この言葉。ちょっと調べてみました。厚生労働省の統計ですが、なんと戦後間もない1940年代には、『見合い : 恋愛=60 : 21』と、圧倒的に『見合い』が多かったようです。それが、今や『見合い : 恋愛=5 : 88』と、もう比較対象にならないくらいに『恋愛』が大半で『見合い』という先に結婚のゴールを見る人はかなり少なくなっているようです。そんな時代に『見合い』をしたらいったい何が起こるのか?そして、そもそもそんな『見合い』相手を抽選で決めるという法律ができてしまったら何が起こるのか?いや〜これは、幸か不幸か対象から外れた私にもとても興味があります。

えっ?そんなまさかの法律が施行されたら何が起こるのか?をまとめた作品があるんですって!それは、見てみたいですね〜って、白々しい前振りはいい加減にしろ!とお叱りの声が聞こえてきそうなのでこのへんで本編へと移りたいと思います。そう、この作品は『抽選見合い結婚法』という法律が施行されたこの国で、人々が何を考え、どんな風に行動するのかを見る物語。その先に、あなたの『恋愛に対する考え方が根本から揺ら』ぎだす様を見る物語です。

『抽選見合い結婚法が、来年四月一日より施行されることが決まった。対象は、二十五歳から三十五歳までの男女…抽選方法は、本人の年齢プラスマイナス五歳の範囲内で無作為』という衝撃のニュース。『相手が気に入らなければ、二人までは断わることができる』ものの『三人目も断った場合は、テロ対策活動後方支援隊に二年間従事』が義務づけられているというその法律。それを『少子化の最大原因とされる晩婚化を打開するため』と説明する政府。そんなニュースを聞いて『こんな冗談みたいな法律考えるなんて、最近の代議士はわけわかれへんなあ』と言う母親に『ほんとやわなあ、お母ちゃん』と相槌を打つのは三人の主人公の一人である鈴掛好美。『でも男はんと一緒になっても結局は苦労ばっかりでなあ』と続ける母親に好美はうなずきます。『アルコール依存症で、会社から帰って来るとすぐに酒を飲み出し、酔っ払うと母を殴った』という父親に苦しめられてきた母親は『会社を馘にな』った父親の代わりに『生命保険の外交員をして家計を支え』てきました。そして、『今は、わずかな年金と好美が家に入れる十万円でやり繰りしている』という母と娘。『母と二人だけの空間が息苦しいような気がしたのでテレビを点け』ると『このたび抽選見合い結婚法案が衆参両院を通過し…』というニュースの中で『抽選は地域ごとに行います』と『少子化対策担当大臣の小野寺友紀子』が説明する模様が映し出されました。『そらそや。誰が考えても地域ごとやわ。遠いとこ嫁に出すなんて』と言う母親の言葉に焦りを感じる好美。『早く住民票を東京へ移さなければ』、『一生この町から出られなくなってしまう』と思う好美は『いや、本当は…母から逃れたい』という自身の本心に気付きます。『この際、東京に住んでいる男なら誰だっていい。チビでもデブでもハゲでもかまわない』と思う好美は過去を振り返ります。『大学卒業後は、母の希望通りに実家へ戻り、地元の市立病院で看護師』となった好美。そしてその四年後に父親が亡くなり母と娘の二人暮らしとなった時、『三歳年上の薬剤師』の恋人ができます。早速母親に紹介したものの『優しそうに見えても、あの目つきは要注意やわ』と言われ諦めることになった好美。その後も『片っ端から難癖をつけて』断わることになる繰り返しで今日に至る好美。今までの母親の苦労を思うも、『だけど…やっぱり自由になりたい。結婚もしたい』と思う好美は思い切って『あのなあ、お母ちゃん、私、東京へ行こうかと思うんよ』と切り出します。それに対して『そら好美がどうしてもそうしたいゆうんなら、お母ちゃんかて東京でもアメリカでもどこでもお供するわ』と返す母親に思わず『えっ、お母ちゃんも?』と言うと『途端に、母の顔から笑みが消え』ました。『ほれ、抽選見合いゆうのがあるやんか。母親と二人暮らしやったら、同居せんなあかんと相手の人も思うかもしれん』と説明する好美に『なんか、いやらしいなあ。そこまでして結婚したがるのが、いやらしいゆうてるの』と言う母親。『血の気が引いた』思いをするも、『強烈な寂しさが全身を襲った』という好美は『やっぱり東京へ行こう』と決めます。そして、赴いた東京で見合いを繰り返していく好美。そして、『見合いというものは、なんと難しいものだろう』と思い悩む好美のそれからが描かれていきます。

「結婚相手は抽選で」という強烈な書名のこの作品。垣谷さんの作品は書名だけで垣谷さんの作品とわかる位に個性溢れるものばかりですがこの作品の破壊力もすざまじいものがあると思います。そんなこの作品は『抽選見合い結婚法が、来年四月一日より施行されることが決まった』という衝撃的なニュースの記事からスタートします。垣谷さんの作品でその冒頭にいきなり強烈な名前の法律の施行が告げられる作品としては『七十歳死亡法』という『日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならな』い法律の内容を取り上げた「七十歳死亡法案、可決」がとても印象的な作品でした。しかし、あちらはその成立から施行へと至る世の中の動きを描いていくのに対して、この作品では、法律が施行されて世の中がどのように変わるのかを生々しく描いていくのが特徴です。

そんなこの作品は三人の主人公をパラレルに登場させ、そのそれぞれが法律の施行によってどのような運命を辿っていくかが描かれていきます。一章目の〈それぞれの恋愛模様〉では、登場人物三人の人となりが紹介され、〈抽選見合い〉では、法律に基づいて見合いをする姿が、〈かけひき〉では、予想外に展開していく彼らの姿が、そして最終章の〈それぞれの一年後〉では文字通り、それから彼らはどうなったのかがまとめられます。四つの章はまさしく”起承転結”そのものの作りとなっており、一つの読み物としてとても読みやすく、納得感の中に結末を迎えられるとても良く出来た作品だと思いました。

そんなこの作品で主人公となるのが、女性2名、男性1名のいずれも今回の法案の対象となる三人です。『アルコール依存症』の父親に苦しめられた過去を持ち、今は『母一人子一人』となるも、母親の影響力もあって結婚できないでいる31歳の看護師・鈴掛好美。『母はこの世で最も頼りになる親友だ』と母親に『全幅の信頼を置く』一方で、その存在が彼氏との付き合いに影を落としている33歳のラジオ局社員・冬村奈々。そして、『息子が一生独身というのは心配』と気遣いの母親の下、『彼女いない歴は年齢と同じで二十七年』というSE・宮坂龍彦の三人が、上記した”起承転結”で進む物語にパラレルに登場し、法案施行後の世の中を生きていきます。

奇想天外とはいえ、もしこのような法律が実際に施行されるとなった場合には、どのようなことが起こるのでしょか?『抽選見合い結婚法は、非人道的だと世間では非難囂々』というのは、現実問題として自然な感覚です。そもそも議論の俎上に上がるのか?という疑問もありますが、一方で『少子化の最大原因とされる晩婚化を打開するため』という理由は、それっぽくも感じます。ただし、この作品では現実世界で予想される反対論の盛り上がりではなく、この法律施行後の世界と真摯に向き合おうとする主人公たちの本音が語られていくのがとても印象的です。『自分に限って言えば、人生の選択肢を広げてくれた。いや、それどころか、目の前がぱっと開けた感じさえする』と感じる好美、『自分にも結婚のチャンスが訪れる。そうすれば様々な劣等感から解放される』と感じる龍彦。それに対して、彼氏がいた奈々は『施行されるのは来年の四月。だから、それまでに結婚してしまえば抽選対象から外れることができる』という方向でその施行をとらえていきます。また、女性と男性という性別の差異など主人公を一人ではなく三人としたからこそ『抽選見合い結婚法』というものに多方面から切り込める余地が生まれるなど改めて構成の上手さを感じました。また、三人の主人公が母親と対峙していく姿がそれぞれに描かれます。『やっぱり母から逃れたい』と願う好美。全幅の信頼だけでなく『家事一切は母に頼』る奈々。そして、『息子がモテないことをこれほど心配していた』のかと気づく龍彦など、まさに三者三様の親子関係が描かれていきます。結婚と向き合う際には、強弱こそあれ親の存在を無視することはできません。その意味でも特に母親との関係性を物語の展開に絡ませながら、主人公それぞれの生き様を上手く描き出していると思いました。

『抽選見合い結婚法が、来年四月一日より施行されることが決まった』という衝撃的な設定の下に展開されるこの作品。そこには、『晩婚化』というひと言ではとても語れないその結果論に至る世の中の人々の様々な生き方を見ることができました。『見合いというものは、なんと難しいものだろう』という『見合い』の難しさを改めて知ることになる主人公たち。『相手と周辺との関係が一切見えない。そんな中で、人間性を少しずつ垣間見る機会を重ねて行くとしても、相手を理解するまでにはかなりの時間がかかる』と気づく主人公たちの困惑を深刻になりすぎに、ある意味コミカルに小気味良く描いていくこの作品。なかなか一朝一夕には解決し得ない『少子化』問題に、興味深い視点を提供していただいた、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 垣谷美雨さん
感想投稿日 : 2021年8月9日
読了日 : 2021年5月19日
本棚登録日 : 2021年8月9日

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