ハンチバック

著者 :
  • 文藝春秋 (2023年6月22日発売)
3.30
  • (212)
  • (486)
  • (656)
  • (234)
  • (85)
本棚登録 : 7094
感想 : 823
3

2023年度上期芥川賞受賞作品
2023年度文学界新人賞

 市川沙央さんは1979年生まれ。早稲田大人間科学部eスクール人間環境科学科卒。「先天性ミオパチー」により人工呼吸器と電動車いすで生活中の作家です。私とほぼほぼ同世代の人と言ってよいでしょう。

市川さんは14歳ごろから心肺機能が低下して電動車いす生活になったとのこと。同世代が就職する20歳を過ぎた頃、「自分も仕事がしたい」と志したのが作家だったそうです。

異色の芥川賞作品ということで一気読みしてみました。
タイトルの「ハンチバック」とは背中が曲がった「せむし」のこと。背骨がS字に湾曲した症状を抱えた43歳の重度障害者の主人公・井沢釈華(しゃか)が自身のことをそう言ってます。

主人公は両親からそれなりの遺産と資産としてのグループホームを残され、そのグループホームにオーナー兼入居者として生活しており経済面には困っていません。グループホームで生活しながらウェブライターとしてアダルト記事で得た稼ぎを恵まれない子に寄付をしつつも、ツイッター(今ではX)の裏アカで“普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢”などの障害当事者としての思いを吐露。

ある日、健常だが収入が低い入居施設のヘルパーの男性に裏アカ投稿を特定されたことを機に、対照的な2人が交錯することになります。

グループホーム職員の手厚いケアを受けながら暮らす主人公は、外から見ると「弱い人」。でも、心の中や生き方はとても批判精神旺盛な「強い人」。逆にホームの男性ヘルパーは体は健康なのに、心の中はとても弱い人。主人公はその弱さに気づき、自分とのある共同作業を持ちかけるわけです…おっとネタバレしてしまいますね、まずいまずい。

本作のキーワードは「当事者性」ですね。
以下の引用のような障害当事者として痛烈な健常者批判にはドキッとさせられる。

 “紙の本を1冊読むたび(重さで)背骨が潰れていく気がするのに、紙のにおいが好き、とかページをめくる感触が好き、などとのたまい、電子書籍をおとしめる健常者は呑気”

“私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモ(健常者優位主義)を憎んでいた”

“その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた”

過激な言葉からもわかる通り著者が「一番伝えたかった」というのが、バリアフリー化が進まない読書文化へのいら立ちのようですね。紙の本の重さや厚さは、曲がった背骨には大きな負荷になる。だが、電子化されていない書籍はごまんとあり、重度障害者が読者として想定されていない読書文化に問題意識を投げかけています。

健常者の「当たり前」を撃ち、「当たり前」は当たり前ではないということを文学の力で暴力的なまでに訴えます。
当事者性を前面に押し出してはいますが、安易な憐憫や共感を求めるものではないです。皮肉たっぷりな感度の高い言葉や鋭い批評が「怒り」を文学へと結実させているように思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年9月18日
読了日 : 2023年9月3日
本棚登録日 : 2023年9月2日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする