NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?

  • 早川書房 (2021年12月2日発売)
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多くの人は自分の判断に潜む重大な欠陥に気づいていない。
目の前で起きた出来事の原因探しは苦もなくできるが、統計的に考えてみることはしない。
なぜなら、それだけ因果論的思考に囚われているからで、バイアスはすぐに目につくが、ノイズは容易く見落としてしまう。
目に見え、見つけ出しやすいバイアスは、ナッジなどで抑え込むことが可能だが、見えにくく予測不能なノイズは、そもそも対策を立てにくい。

ノイズとは、統計的思考によってはじめて見つかるばらつきであり、データに基づく予測によって導かれ、射撃を行った時に穿たれる着弾範囲でもある。

判断のあるところノイズあり。
見えない敵の脅威に対処するという点では、新型コロナ対策と似ていて、ノイズに対しても、予防的な衛生管理が援用できると説く。
つまり、判断においても、手洗いに似た予防習慣を徹底するといい。

究極的に言えば、人間による判断をルールやアルゴリズムに置き換えれば、システムノイズを完全に排除できる。
判断の余地を減らすべくガイドラインを厳格化すれば、ルールになる。
しかし大半の人は、厳格なルールは行動の自由を制限し、賛同を得にくいと判断し却けて、ルールではなく規範で良しとする。

例えば、児童虐待やいじめの実態を見抜けず、深刻な事態に発展した責任を問われた時も、本来であれば、現場の状況を把握し、自分たちで実効性あるルール作りをすべきところなのに、わざわざ第三者委員会などを設置して外部に下駄を預け、その結果、大量のノイズにまみれた弥縫策で良しとするのだ。
そんなことなら、規範ではなくルールとして機能するアルゴリズムに任せた方がよっぽどマシではないかと指摘している。

根底にあるのは、直感に対する不信や否定。
直感を禁止するわけではないが、総合判断は最後の最後まで遅らせるべきだと主張する。

思い込みは不味いと思うが、直感はそれほど信を置けないものなのか?
これはおそらく、同じ判断でも、難民認定や量刑の決定、指紋やDNAの鑑定などと、体調不良や機械の故障の原因特定や、将来の結果の予測を伴う判断とでは大いに異なっているからだろう。

棋士の長考は、まず鋭い直感によって得られた一手に対する反証や証明に費やされるし、プロの修理屋や医者も、最初に感じた違和感(色や膨らみや異音など)を頭の片隅に留め、様々な基本的な項目を確認した後に、最初の直感に立ち戻り、真の原因を探り当てる。
この意味で、本書でも紹介される超予測力を備えた人のように、経験を凌駕するプロがいるということで、どうしてもこうした専門家に頼れない時に、本書の薦める対策が有効となるだろう。

プーチンは2021年9月から、側近の新型コロナ感染が相次いだため、自主隔離に入り外部との接触を絶った。
この間に彼は、歴史書を読み漁り、独自の世界観を偏狭な形で醸成させていったと言われている。
執務室の中で彼は、ソ連解体から30年を振り返り、国際社会で占めるロシアの地位の低下を憂い、欧米からの度重なる嘘や裏切り、辱めに対して、被害妄想にも似た形で怒りを蓄積・増幅させていった。
ウクライナの歴史とロシアとの関係について深く探求する内に、ロシアとウクライナは一体であるとの確信を得て、ウクライナの主権は認めず、欧米からの干渉は許さないと決心する。

判断を下すとき、誰もが固有の価値観や信条、記憶、経験などを背負っている。
こうしたものは、様々な要素に対する安定した反応バターンであり、一過性のものではない。
パターンノイズが、判断者としての性格や個性の副産物だとすれば、今回のプーチンの下したウクライナ侵攻は、どのような判断だったのだろう。
胸襟を開いて言い合える中だったドイツのメルケルは退陣し、そもそも隔離によって周囲とおいそれと会えず、側近はプーチンの判断に疑問を呈すると昇進できないのでロクに進言をしない。
こうした中で、ウクライナの歴史を巡る深い彼の信念の方が、ロシアの体制維持よりも重要になっていったのかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年3月13日
読了日 : 2022年3月12日
本棚登録日 : 2022年3月12日

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