私にとって名前こそ知りながら読む機会のない有名作品のひとつだった本作を読むきっかけになったのは、『つけびの村』というノンフィクション作品でした。そこで登場する村が、作品内で"平成の八つ墓村"とも呼ばれていたことで、改めて現実の出来事も形容するような作品の雰囲気を一読しておきたいと思い、目を通しました。
物語は、岡山の鳥取との県境に近い山中にある八つ墓村にまつわる、村人たちによって惨殺された落ち武者たちの祟りと埋蔵金の伝説と、祟りを証明するかのような二十八年前の連続殺人事件を、プロローグにおいて読者に知らしめることに始まります。母を幼い頃に失くし、昭和二十年代の神戸で孤児同然に会社員生活を送る二十七歳の寺田辰弥は、ある日、八つ墓村からの使者の訪問を受け、自身が実は村内で最も裕福な家系の相続権を持つ人間であり、実質的な家長である双子の老婆によって家督の相続を望まれていることを知ります。使者であった母方の祖父が毒物により突然死する不可解な事件を経て、美しい未亡人に伴われて向かった八つ墓村は、辰弥の到来を歓迎しない村人も含んだ、人びとの思惑の渦巻く不穏な空気に満ちた土地でした。
作品の特徴として特筆すべきはやはり、山中に隔離された住まう村人たちの排他的な様子を描き、"八つ墓村"の村名の由来ともなる祟りの伝説が、おどろおどろしい雰囲気をより深めている点でしょう。かつてテレビで放映さたドラマ『トリック』シリーズでは、その多くのエピソードで僻地の寒村を舞台として村人たちの姿を滑稽に描いていましたが、本作のようなミステリ作品の影響を受けたパロディーとして作られたものだったのだろうと、今さらながら腹に落ちるところがありました。また、作中では祟りの伝説をなぞるように村人たちから次々と犠牲者が発生することや、落ち武者たちによる埋蔵金とそれを示す宝の地図の存在、そして主人公である辰弥のロマンスなど、娯楽作としてサービス精神旺盛であることも言えます。同時に、多数の人死にが描かれるにも関わらずグロテスクさがないことや、エピローグが章名どおり"大団円"となっていることも、読み手を選ばない間口の広さと言えるでしょう。もう一点、通読して意外だったのは、探偵・金田一耕助シリーズのうちのひとつとして、その名を広く知られている本作でありながら、肝心の金田一耕助の活躍がかなり限定的だったことも挙げておきたいと思います。
読了後の感想としては、作品の雰囲気そのものは事前に予期したものと近いものでした。次に、良し悪しに関わらず予想を裏切られた点としては、前述の通り名探偵の活躍の機会が少ないこと。そして、村が醸し出す独特の雰囲気のなかで立て続けに起こる殺人事件だけでなく、ロマンスや落ち武者の埋蔵金探しをも含むサービス精神の豊富さと表裏するように、重厚な本格派ミステリ作品というわけではなく、どちらかと言えばドラマチックな展開をお手軽にを楽しむべきものだと感じました。
余談ですが、冒頭で触れた『つけびの村』については、そこで取り扱う事件の関連として昭和十三年に起きた「津山三十人殺し」が参照されますが、本作も同じ岡山県を舞台として同事件から着想を得ているという点でリンクする部分がありました。
- 感想投稿日 : 2020年9月20日
- 読了日 : 2020年9月20日
- 本棚登録日 : 2020年9月20日
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