日本軍と日本兵 米軍報告書は語る (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2014年1月17日発売)
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戦争に勝つためには敵を正確に知る必要がある。責任をもたない立場から他国を罵るならいざ知らず、国を左右するための情報収集とあっては感情的な判断に流されて評価を誤るわけにはいかない。だからこそ軍の情報部がまっとうに機能していれば、敵対国に関する情報は自然とバイアスが低く純度の高いものになるずである。本書の試みの面白さは、このような前提に支えられている。

1942から1946年まで、米陸軍軍事情報部が部内向けに提供していた戦訓広報誌に掲載されたの情報をもとに、戦闘組織としての日本陸軍の姿や能力を明かすことをテーマとしている。タイトルはわかりやすく「日本軍」としているが、正確には「日本陸軍」が対象である。当時の日本陸軍を外部からの目で検証することで当時の日本人のあり方を知るとともに、顧みてはそこに連なる私たちがどのような存在かを知ることも広義としての狙いに含まれるだろう。

全4章で、前半は日本陸軍の備える各種の属性について、後半は戦地ごとの情報に分類できる。前半の1・2章ではそれぞれが物質的な属性と精神的な属性に触れる。後半の3・4章は時系列上の前後半に分かれる。また本書の特色は、敵側からの視点を導入することで日本側を相対化することだけでない。自虐的な視点から日本陸軍の決定や行動を「ファナティック」で「不合理」だとする安易に断ずる批判を許さず、その背景にある合理性を知るための努力を惜しまない公正さも特筆すべき基本姿勢として挙げられる。

全体の流れとしては、各章で新たな情報が続々と開陳されるというよりも、実際の日本陸軍と戦った米兵の体験談やさまざまな具体例から同様の見解が示されることで日本陸軍の特性が浮き彫りになるという印象を受けた。その特徴を示す情報としては、実は本書の帯分に羅列されているフレーズが(一部は正確ではないことが明かされるにせよ)端的に表している。そのままを引用すると「規律は良好」「準備された防御体制下では死ぬまで戦う」「射撃下手」「予想外の事態が起きるとパニックに」がこれにあたる。そして、そのような特徴から導き出されるのは、兵士たちだけでなく日本人全体の置かれた状況こそが彼らの行動の鍵を握っていたといえる。

すなわちそれは、戦争を主導した政府や軍によってではなく、村的な共同体の相互扶助の仕組みによって戦時下の生活が支えられていたという事実に多くを負っていたということだ。だからこそ食うにも食えず、激しい体罰が横行し、どんなに勝ち目がなかろうとも逃げ出すわけにはいかない。兵士が逃げ出すことは、日本に残した家族が共同体での立場を失うという現実的な不幸を意味する。ほとんどの兵士たちはいわば、人質を取られた状態で派兵され、理不尽な命令にもただ従うほかなかった。そのような背景を知れば、多くの米兵たちが指摘した日本兵の集団志向および個人としての判断力・行動力の欠如は事実だろうと頷くことができるとともに、「ファナティック」で「不合理」なバンザイ突撃や特攻を可能にした「合理性」にも納得せざるをえない。

著者は「真に批判されるべき日本軍上級司令部の冷酷な統帥ぶり」として、日本がおこした戦争の失敗の核心とする。たしかにその通りだろうが、その一方で一般国民は純然たる被害者だったのか。戦争にいたるまでの過程において、それを押しとどめる選択は不可能だったのだろうか。本書を読んでいて思い返したのは、東日本大震災による津波の被害に迫った『津波の霊たち』だった。日本在住の外国人記者である筆者は、海外からも多くの賞賛を浴びた被災下における日本人の「我慢強さ」に対し、最終的には嫌悪に近い感情を抱くまでになる。不満や怒りや悲しみに対して行動に移さず声をあげないことが、本来あるべき解決をみすみす遠ざけてしまう。それこそが本質ではないかということ。本書が描きだした70年以上前の日本の兵士たちの置かれた状況は、現代のわたしたちにとっても見慣れた光景ではないだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年9月1日
読了日 : 2021年9月1日
本棚登録日 : 2021年9月1日

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