走れメロス (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.71
  • (483)
  • (617)
  • (938)
  • (67)
  • (11)
本棚登録 : 7126
感想 : 645

有名な表題作をはじめとする九つの短編小説で、約半数は私小説です。最も面白く読めたのは「女生徒」で、ユニークな文体で表現する少女の瑞々しい心の動きが見事でした。キリストを売ろうと独白するユダの言葉をそのまま綴るというコンセプトが目を引く「駈込み訴え」は、著者らしい内面描写が効果的に活かされていると感じます。超有名作品にも関わらず長く未読だった表題作は、序盤の不合理で身勝手なメロスの言動に首を傾げた状態のままで、物語が終了してしまいました。全般に、私小説よりは、それ以外の作品に読み応えを感じました。以下、作品ごとの概略とコメントです。

----------
「ダス・ゲマイネ」(41P)
佐野次郎と呼ばれる大学生を中心に、東京に暮らす若者たちが芸術や恋をめぐってワチャワチャ。鼻持ちならない若い作家として太宰治も登場する。エンディングに好感。
「満願」(3P)
医者と懇意になった著者らしき男が、小学校教師である夫の病の相談で病院に通う女を知る。微笑ましい掌編。
「富嶽百景」(29P)
井伏鱒二の紹介で見合いをするために甲府を訪れた著者。当初は否定的な富士山への見方が、滞在中に変化する過程を描く。
「女生徒」(55P)
母と二人で暮らす女学生の一日を追った作品。一人称告白体だが、句読点とひらがなを多用して前後脈略の薄い短文を連発する独特のスタイルが魅力で、少女の瑞々しい心のうちが見事に描写されている。本書内で最良と思える。川上未映子の『乳と卵』の文体も本作由来なのだろうか。
「駈込み訴え」(23P)
キリストを裏切り、祭司長のもとへ売りに行った際の、イスカリオテのユダの長い独白が作品の全てとなっている。コンセプトが面白く、著者得意のドロドロ内面描写が内容にマッチしており、ユダのキリストへの深い愛憎が伝わる。
「走れメロス」(19P)
本書を読む動機になった作品。感動の物語を予期していたが、冒頭で完全に裏切られる。暴君とはいえ権力ある王に無計画に逆らったうえ、親友の命をあっさりと差し出して危険に晒すメロスの身勝手さに唖然とする。序盤の違和感を拭えないまま短い物語はあっという間に最後を迎え、結果オーライな大団円に歓喜する登場人物たちにも、感情移入は全くできない。現実にいれば、とても迷惑なタイプ。
「東京八景」(37P)
伊豆の安宿で上京以降を回想する著者。芸妓Hとの生活、嘘、借金、自殺未遂、クスリ、酒。終始湿っぽい。もっとも印象に残らない。
「帰去来」(30P)
著者が故郷と東京で、それぞれ世話になった恩人二人との出来事を中心に、終盤には青森への帰郷も描く。全体に呑気で、母と叔母に作家という職業を理解させられずに困り果てる著者が可笑しかった。
「故郷」(22P)
上記、「帰去来」の一年後の続編。母の危篤に今度は妻子を連れ、再び青森へと帰郷する。過去のしがらみから兄や親戚の目を恐れ、良家の実家で居心地悪く過ごす様子が描かれている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年10月30日
読了日 : 2020年10月30日
本棚登録日 : 2020年10月30日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする