ドイツから亡命した同時代のジャーナリストによる評伝。
「長いあいだ希望のない無能な人生を送ってきた男が、やおら天才政治家として一国を支配し、そのあとふたたび希望のない無能者として生涯を終える。同じひとりの人間にこんあことがありうるのだろうか」
著者が漏らすこのような驚きが、読後の感想と一致する。
ヒトラーにとっての政治は、通常の為政者たちにとっての政治とは根本的に全くの別もので、彼個人の思想を体現するための道具に過ぎなかったようだ。彼の決断は、憲法をはじめとした国家機能の破壊、後継者の不在、勝ち目のない宣戦布告など、彼自身が亡き後を考慮していたとは考えられないものばかりである。そして、その最後においてドイツ国民が殲滅されることを望む姿からは、彼にとっての政治活動が、あくまで彼個人のためでしかなかったことは明白である。
本書を読むと、人生の前半を生活無能者として過ごし、親しい人間を持たず、一個人としては異常なまでに無味乾燥な人生を送ったヒトラーにとって、政治というよりその人生は早い段階から、イチかバチかの破れかぶれだったように見受けられる。そのようなヒトラーが指揮したナチス・ドイツにおいては、「その過程のどこかで正しい判断がなされていれば」といった歴史のIFは想定しづらい。ヒトラーの選択は一般的には歪なものが多々含まれていたとしても、彼の行動原理としては整合性が取れていたはずだ。通読して、政治家というよりはカルト教団の教祖の生きざまを見たかのような思いである。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
未設定
- 感想投稿日 : 2021年5月14日
- 読了日 : 2021年5月14日
- 本棚登録日 : 2021年5月14日
みんなの感想をみる