ベラルーシの林檎

著者 :
  • 朝日新聞出版 (1993年10月1日発売)
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本棚登録 : 108
感想 : 17
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『ベイルート961時間』に引き続き、こちらもパリ在住の女性。
『岸惠子自伝』(2021年刊)で本書を知ったのだが、こちら(1993年刊)はざっくりと彼女の歩みを辿った感じ。読む順番としては正解だったかも。

「窓はひとりでは開かない。窓は自分で開け、自分が身を乗り出さなければ空気は変わらないのである」

岸惠子さん。
生粋の浜っこで一人っ子。横浜の海や港祭りに花火と、「何でも好きになる子供」だった。
12歳の頃横浜大空襲で罹災して以来、まるで子供らしさから脱皮するかのように「大人は誰も信じない」と決心。文学にバレエ、女優業と好奇心の赴くまま、一心不乱に好きなことに取り組んだ。24歳で仏監督であり医師のイヴ・シャンピ氏と国際結婚を果たし、パリに移住する。
一世を風靡した『君の名は』よりも、出国直前に出演した『雪国』のエピソードにページを割かれていたのが少し意外だった。(フランス大使に「メロドラマ」と一蹴されたのが影響しているのかな…)

「私のなかの国境が動いたのだった」

本格的な女優業はパリ行きを境に影を潜めるのだが、この先のジャーナリスト活動では生まれながらの好奇心が本領発揮されているように思えた。(実際「フィクションの世界からノンフィクションの世界へと引っ越しをしていく別の自分が生まれてきてしまった」と、複雑ながらもワクワクしているような感じさえ伺わせている)
今も尾を引く国際問題に踏み込んだリポート、率直且つ鋭いご意見。それらはさながら、(1ヶ月ほど前から読み続けている)『地図でスッと入る』シリーズの歯に衣きせない文章を思い起こさせた。

幼い頃から「海の向こうを旅してみたい」という憧れがあったからか、訪問先がどんな「僻地」であろうと率先して足を運ばれた。
そうした国々のルポは建国40周年の節目に訪れたイスラエルで始まる。(彼女が訪問を志願したきっかけが嘘のような本当の話で、その章を読了してからは暫く放心状態だった)
ディアスポラ(離散)を余儀なくされて以来、何千年ものあいだ国を持たずに世界中で生きてきたユダヤ人。戦後十数年経っても異端扱いされた国際結婚の末、遠国の地を行き来している岸さん。

「国境」というテーマを軸に執筆された本書には、国境がコロコロと変わるケースについても触れられている。しかし両者の運命や生き方を見ていると、まるで最初から国境なんて存在していなかったかのように境目が見えてこなくなるのだ。

その傍らで日本との心の国境ははっきり引かれていたように伺えるが、それは今も続いているのだろうか。それはそれで(我々にとっても)寂しいけれど、心ゆくまで色んな「海の向こう」を確かめに行って欲しい気もしている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年6月30日
読了日 : 2023年6月30日
本棚登録日 : 2023年6月30日

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