のんのんばあとオレ (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房 (1990年7月30日発売)
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本棚登録 : 440
感想 : 52
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水木しげるの自伝エッセイ。少年時代を中心に。

のんのんばあ、というのは、水木家の近所に住んでたばあさんで、水木氏の故郷の境港のあたりでは、神仏に仕える女性のことをのんのんさんと呼んだそうだ。
このおばあさんが、妖怪に詳しい。
過去には水木家で女中働きしていたりもした関係もあってしげる少年の面倒を見てくれることも多く、しげる少年はのんのんばあからたくさん妖怪の話を聞くわけです。お風呂の掃除をしないと「あかなめ」がくるとか、夜道で誰かがついてくる気配がしたらそれは「べとべとさん」だとか。
そういうことを教わるうちに、我々に見えている世界とは別の「もうひとつの世界」があるということをしげる少年は自然に理解し受け入れていくのです。
(人間の謙虚さの鍵というのはこういうところにあるのかもしれないな、なんてふと思いました。)

この、のんのんばあによって開かれた妖怪の世界との出会いが後の創作活動の源であった、ということでいわば「感謝とリスペクト」も込めてタイトルにもなっているわけだが、彼女から教わったことは妖怪のことだけでなく、「のんのんさん」と呼ばれたこの女性の、決して楽じゃない人生を近くで見てきたことで、"世の中"みたいなものを子どもながらに感じ取っていたこともうかがえる。

その他、「ガキ大将」の地位を目指して強さと懐の深さを磨いてゆく"男の子物語"な側面もあれば、昆虫採集や新聞の題字収集や動物園作りや油絵製作などの多彩な趣味の世界をとことん追究してきた、そんなふうに"なにかに没頭すること"の尊さ、豊かさ、ありがたさを謳った教育モノ的な側面もある。

そして、学校を卒業してからの青年時代のことが駆け足で語られる。ここのところもまた、短いながらもいろいろ衝撃的なできごとがさらっと次々描かれ、読みごたえがある。特にちらりと紹介されたラバウル出征については『ラバウル戦記』でいつか詳しく読もうと強く思った。
で、なんにつけてもやはり少年のころに覚えた新鮮な驚き、感動、これは何物にも換えがたいものだとしみじみ思う、と。同じようなことは安野光雅も何かの本で言っていた。

「(後から振り返って)輝かしい(と思える)幼少期」の思い出を持っていることは、当たり前のことじゃない。「不遇の幼少期を過ごした」という思いのある人は、大人になって色々な自由を得てからの人生こそ自分の人生だと感じているかもしれない。それは人それぞれだ。
水木サンも別にそんな人生観を押し付けたり教育論を説いたりしているわけではないが、自伝を書くとなるとそういう結論めいた一文を書かざるを得ないだろう。

ここからは、この本というより「自伝」って…という話になるが、自分の人生を一言でまとめるなんて無理だけど、いろんな作家が自伝をどう締め括っているか、これに着目して読んでいくのも面白いかもしれない。
(そういう意味では松谷みよ子の『じょうちゃん』は、まとめきれてない、疑問形で終わっているような印象が、興味深かったなあ。。。)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: お楽しみ
感想投稿日 : 2017年7月30日
読了日 : 2017年7月29日
本棚登録日 : 2017年6月25日

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