『殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている-ときには何年も前から-数多くの要因とできごとがあって、その結果としてある人物がある日のある時刻にある場所におもむくことになる。』
冒頭に語られる法律家の重鎮、ミスター・ドレーヴの言葉である。
本書のストーリーは、この冒頭の言葉に凝縮される。
物語は一見関係のないようないくつかの短いエピソードから始まり、しだいにメインキャストであるネヴィルとオードリーの元夫婦と、彼らを取り巻く様々な人間模様が描かれていく。
二人はネヴィルの心変わりにより離婚し、ネヴィルはオードリーとは正反対のあでやかな美女、ケイを妻にした。本来であれば関わることのないはずの彼らだったが、ネヴィルの育ての親であるレディ・トレシリアンの家で二人が同じ時期に滞在することになり、物語は一気に不穏な雰囲気を帯びていく。
オードリーは一切感情を表さないが、なにか強い気持ちを心のうちに抱えているように見える。一方、ケイはオードリーの存在が疎ましく、イライラが止まらない。さらに、オードリーの幼馴染で小さなころから彼女を愛するトマス・ロイド、ケイに思いを寄せているジゴロタイプの美男子、テッド、彼らをハラハラしながらも冷静に観察するメアリーなど、脇を固める登場人物も何かを引き起こしそうな危うさを秘めている。
そんな中で起こってしまった殺人事件。真っ先に疑われたのはネヴィルだったが、果たして彼は本当に殺人を犯したのか、それともこれは誰かが周到に計画した罠なのか。
本書の醍醐味は、なんといっても初めの方でさりげなく語られたエピソードが事件を解く思わぬきっかけとなるところである。物語自体はかなりダークで読後の爽快感は少なめだが、あのエピソードはこの結果を導くためだったのか、とパズルのピースがかちりとはまるような心地よさがある。
また、本書の探偵役、バトル警視もいい味を出している。彼はクリスティーの他の小説にも何度か登場するが、どちらかというと地味な存在である。ポアロのように論理的で頭の切れるタイプでもない。しかし上辺の言葉や態度に惑わされず、相手をよく観察して実直に事件を解決に導く様は、ポアロとは違ったある種の安心感を与えてくれる。
ポアロシリーズで最後に発表された『カーテン』と似た雰囲気をまとう本作。ダークなストーリー好みの人にお勧めである。
- 感想投稿日 : 2023年1月31日
- 読了日 : 2022年7月17日
- 本棚登録日 : 2023年1月31日
みんなの感想をみる