新装版 関東大震災 (文春文庫) (文春文庫 よ 1-41)

著者 :
  • 文藝春秋 (2004年8月3日発売)
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大正12年9月1日に起こった関東大震災の克明な記録。
震災の起こった9月に読んでみよう、と手に取った。

本書は、地震の見解に対する二人の研究者の対立から始まり、大正12年の地震発生と被害状況、地震後に広まった社会主義者や朝鮮人に対する流言、復興に向かう街の様子、の順に描かれる。読んでいて、コロナに翻弄される現代の日本と共通点が多いことに驚かされた。

関東大震災の18年前の明治38年、東大地震学研究室の今村助教授は、今後50年以内に東京地方に大地震が起きる可能性が高く、その際には火災による被害が甚大になる恐れを指摘した論文を発表した。このことによる社会の混乱を案じた上司の大森教授が今村の説を全否定したことから、二人の間に深い溝ができてしまう。
結果的には今村が予想した通り18年後に関東大震災が発生するのだが、コロナ禍の日本でも、特に初期には様々な意見が入り乱れ、社会が混乱に陥ったことを考えると、不確実な情報を発表することによる大森の懸念も理解できる。

震災発生後、東京や横浜の都市部では、特に火災による死者が膨大な数となった。広い空地に避難し、ようやく一息ついた避難者の荷物に火が付き、あっという間に火に取り囲まれてしまった本所被服廠跡では、3万8千人以上が亡くなったという。また吉原では、火災に乗じて逃げ出さないよう建物から避難させてもらえずに亡くなった女郎たちも多かったそうだ。

震災後は、社会主義者の煽動により朝鮮人が襲撃してくる、というデマがまことしやかに流れた。もともと悲惨な境遇に追いやられていた朝鮮人に対し負い目を感じていた世間の人たちの間で、この機会に襲撃されてもおかしくない→襲撃されるかもしれない→襲撃されるらしい、と話が伝言ゲームのように変化していき、警察やマスコミも一部事実認定してしまったのだ。
本書によると、デマが広がってから警察がそれを否定するまで5日ほどだったようだが、疑心暗鬼になった人々により多くの朝鮮人たちが虐殺された。
現代でもコロナに関する怪情報がネット上を飛び交ったが、ワンクリックで世界中に発信できる時代においてはなおさら、正しい情報を見極めて行動することの難しさを感じる。
ただし、社会主義者に対する流言については、むしろそれに乗じた憲兵や警察が彼らを取り締まるためのきっかけにしたという側面があったようだ。本書では、社会主義者大杉栄と妻の伊藤野江、その甥が殺害された「大杉栄事件」について関係者の証言をもとに詳しく述べているが、その内実は驚くほど何の根拠もないただの殺人であったことがわかる。

本書は、病床にある大森と今村の和解、そして地震学研究室で観測をする今村が、自身の予測に反して地震計の針が動く様子に愕然とするところで終わる。
完全な地震予知を行うことは不可能に近いという。それでも災害大国日本で暮らしていくために、一人一人が被害を最小限に抑える対策を行う必要があること、正しい情報を得るための情報リテラシー向上の必要性を改めて感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 災害
感想投稿日 : 2021年10月2日
読了日 : 2021年9月29日
本棚登録日 : 2021年10月2日

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