事件 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (2017年11月22日発売)
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本棚登録 : 433
感想 : 33

1961年、神奈川県の田舎町で起こった女性の刺殺事件。犯人は被害者の妹の恋人である19歳の上田宏で、被害者から結婚を反対されていた。
宏は犯行を認めており、目撃者もいたことから、真相は自明のことと思えたが、宏の中学時代の担任教師の花井が宏の犯行を疑い、弁護士の菊地に相談したことから、事件は公判で意外な様相を見せていく。

本書は第三十一回日本推理作家協会賞受賞作である。
関係者への聴き取りやちょっとした証拠から事件の真相を紐解いていく手法は確かに推理小説ぽいが、本書における大岡昇平の主眼点は裁判制度のあり方にあるようで、裁判の手続きについて詳細な説明がなされたり、日本の裁判制度の問題点について自分の意見を主張するくだりが急に出てきて面食らう。推理小説というにはテンポが悪く、本書の紹介文で『裁判小説』となっているのも納得である。
しかし、だからといってこの本が面白くないというわけでは全然ない。自明のことのように思えた事件が、さまざまな人たちの証言により全く異なるストーリーに再構成されていく様子には新鮮な驚きを感じ、500頁越えの長さも途中からは気にならなかった。

本書を通じて大岡昇平が主張しているのは、裁判をいたずらに効率化すると、表に出ていなかった事実がなかったことにされ、結果をねじ曲げられてしまう、という懸念である。これだけ事件が多くなった現代で、一つ一つの事件に多くの時間をかけることは物理的に難しいという側面もあるし、判決を待たされる方もつらいという問題もあるだろう。だから、一概に時間をかけるのがよいとは言えないかもしれないが、本書の事件のように、ほとんどの人が自明のことと思っている事件でも、実は全く異なる事実が存在する可能性があること、したがって効率化は両刃の剣であるということは肝に銘じておいた方がいいと感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本のミステリ
感想投稿日 : 2024年4月30日
読了日 : 2023年1月24日
本棚登録日 : 2024年4月30日

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