[グラフィック版]アンネの日記

制作 : アリ・フォルマン 
  • あすなろ書房 (2020年5月18日発売)
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本棚登録 : 204
感想 : 23
5

恥ずかしながら『アンネの日記』を読んでいない。
小学校低学年の時に簡略版を読み、その後絵本や、様々な著者によるアンネの本(ホロコーストの本も)は読んだので、一応知っているつもりになって、もともとの『アンネの日記』を読みたいという気持ちがなくなってしまったというのもあるし、結構厚いので、いくら歴史的な本とはいえ、少女の独白だけの本が正直言って面白いのか?と疑問も湧き、読まなかったのである。
そしてまた、別の著者による『アンネの日記』に手を出してしまった。

グラフィック版とあり、ぱっと見るとマンガ化かと思うが、ちょっと前読んだ『サブリナ』みたいに、かなりきちんと作り上げられており、安易なマンガ化では決してない。よく学習マンガで偉人の伝記なんかがあるが、そういうものとは全く違う。アンネの文章そのままの部分も多く、見開きでびっしりと原文のまま載せられているページもある。小さい字で横書きなのでかなり読みにくい。しかし、丁寧に読んでいくと、この文章は削ったり、絵で表したりすることはできない部分なんだな、『アンネの日記』の肝の部分だな、というのが分かる。つまり、読みやすさより、『アンネの日記』を正確に伝えることを重視しているのである。そこが大変良い。読みやすさを重視した本は山のように出ているのだから。
さらに、文字を読むだけではイメージしづらい、当時の状況や隠れ家の様子が、絵のおかげでよくわかる。(クリスマスツリーとハヌキヤが並んで置いてあるフランク家の様子も描かれており、彼らがガチガチのユダヤ教徒ではなく、キリスト教も適度に取り入れて暮らしていたことがわかる。)登場人物の顔が、残っている写真そっくりな上に生き生きとした表情があるので、より人間的に感じられる。
これを読んでから原典版を読むといいと思う。これを読めたら、とも言える。
アンネの日記が後世に残ったのは、彼女の不幸がきっかけではあったが、単に可哀想な少女の日記なら、これ程までに読まれることはなかっただろう。彼女には確かな才能と類まれな感受性があったから、思春期の、特に少女を中心とした若者の心を捉えたのだ、と改めて実感した。
これだけの才能のあった若者が(才能がなくても。というか、何が才能かは長く生きてみないとわからないことも多い。)、命を奪われる残酷は、本来あってはならないことだが、人間の歴史では、アンネ以降もたくさんの未来ある若者が戦争や紛争で命を奪われている。その理不尽さを今一度考えて欲しい。
これだけの苦難の生活の中でも「どんな不幸の中にも、つねに美しいものが残っている」(P109)「どんな危険なときにもその中に滑稽な一面を見つけ、それを笑わずにいられない」(P131)という強さ。
「なぜ人間は、ますます大きな飛行機、ますます強力な爆弾をつくりだしておきながら、一方では、復興のためのプレハブ住宅を作ろうとしたりするのでしょう?どうして、毎日何百万という戦費を費やしながら、医療施設のために使うお金がぜんぜんない、などということが起こりうるのでしょう?どうして、飢え死にしそうな人たちがいるのに、世界のどこかでは、食べ物がありあまって、くさらせているところさえあるのでしょう?」(P130)「このところ、ひとつの疑問が一度ならず頭をもたげてき、けっして心に安らぎを与えてくれません。どうしてこれほど多くの民族が過去において、そしてしばしば現在もなお、女性を男性よりも劣ったものとして扱ってきたのかということです。こういうおおいなる不法のまかりとおってきた、その根拠を知りたいんです。」世の中を見据える目。
「(お父さんは)いつも私に語りかけるとき、むずかしい過渡期にある子供として語りかけた」「彼(ペーター)が私を征服したんじゃなく、私が彼を征服してしまったんだ」(P142)「私はせめて彼をそういう視野の狭さから引っぱりだしたい、彼の若さという限界をひろげさせたいと願った」(P143)この洞察力。

もうひとつ、大人になって感じることは、この困難な状況で、アンネの両親が精一杯のことをしたことに対する敬意である。衣食住さえままならない中、子ども達の安全を第一にしながらも、より良い人間となるよう、本を読ませ、語り合い、抱きしめた。母親は隠れ家生活中はアンネに嫌われたけれど、これは思春期特有の身近な同性を嫌悪する心があったと思う。母エディートは、父オットーより、心配を表に出しすぎてうっとうしがられた感じがあるが、この極限生活の中で、この程度で居られたことは凄いと思う。私なら子どもを虐待してたかも。
それから、姉マルゴーのこと。アンネはいつも姉と比較され、姉の方が褒められることに腹を立てているが、マルゴーだっていろいろ思うことはあっただろう。ペーターのことだって、彼は私にはものたりないみたいなことを言っていたが、本心かは分からない。感情を素直に表現し、なんと思われようが言いたいことを言う妹を羨む気持ちが絶対あったはず。爆撃に怯えて父の布団にもぐり込む妹を横目で見ながら、一人で震える夜もあっただろう。マルゴー、あなたにも生きていて欲しかった。あなたにも語るべき物語があっただろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年8月9日
読了日 : 2020年8月9日
本棚登録日 : 2020年8月9日

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