心を商品化する社会: 「心のケア」の危うさを問う (新書y 112)

  • 洋泉社 (2004年6月1日発売)
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今病院、学校、職場、とありとあらゆるところで、「心のケア」が叫ばれている。JRの事故でも、災害被災地でも、被害状況とともにニュースや新聞などを見ているとこの言葉をよく見聞きする。それだけでなく、ワイドショーやニュース、バラエティー番組関係なく、「癒し」「カウンセリング」「トラウマ」「性格分析」「相性分析」などなど「心理的」なものに関わるものが取り上げられることが実に多い。番組のゲストとして心理学者や精神科医が登場するのも珍しくはない。やや誇張すると、現代社会は「心理的」なものと切り離して考えることができなくなっていると言っていいかもしれない。そう、「心理万能主義」ともいうべきものである。しかし、それは果たしていいことなのだろうか。心理学者やカウンセラー、精神科医は万能なのだろうか。この書籍は、「心理ブーム」というべき今の社会状況に対し、そこに潜む危険性を批判的にあぶりだしている。

今作で示されている問題はあまりにも多く、多岐にわたっているが、一番の問題は、カウンセラーなどを配置したことに満足して、そもそもカウンセラーが必要になってしまった大元の出来事・問題への対処がおざなりになってしまう傾向にある、ということである。この作品にも書いてあるが、サラリーマンの自殺・過労死などが増えている状況を鑑みて、カウンセラーを配置する企業が増えてきている。一見、「社員に対する配慮」と、いいことのように思われるが、そんなに単純ではない。実は、リストラや成果主義制度に基づく自殺や病気などの責任を糾弾されたくないがための、「カモフラージュ」の意味あいが強いのである。過酷で劣悪な就労環境に対する改善なしに、カウンセラーを配置したところで大して意味がないだろう。カウンセラーに話をしたぐらいで事態が飛躍的に改善するぐらいの悩みなどであれば、そもそも誰も自殺したり、心の病を患ったりしない。これは、過労死などで遺族から訴えられた際に、「当社はカウンセラーを適切に配置するなど、労働者に対する配慮に落ち度はありません。お亡くなりになったのは御自身の問題です」と企業側の責任回避を正当化するための方便となる危険性がある。実際、企業相手にカウンセラーの派遣を行っている企業の担当者に聞くと、企業の本音がここにあることが本著で明らかにされている。片手で相手を殴りつつ、もう一方の手で絆創膏を貼る」ようなものである。企業の横暴は止まらない・・・。
それだけでなく、人間に関わるあらゆる問題が、同様の論理ですべて片付けられる風潮にある。それどころか、政府や企業などの強者により非常に都合よく利用されている動きを今見せているすら言えるだろ。「がんばる」ことの強要、安易にカウンセラーに依存することによる現実問題からの逃避・・・、あらゆる問題の原因を「個人」に押し付ける・・・。安易な心理ブームに潜む問題はかなり深刻なのだ。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 学術書
感想投稿日 : 2005年12月28日
本棚登録日 : 2005年12月28日

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