自我にめざめ個人が自由に行動するのは、明治の昔、簡単ではない。
西欧的思想の個我にめざめ、作家を志し自由結婚を望めば、昔気質の父には認められないことだ。
そして強い個性の似たような親子はぶつかって、もう好い加減に許そうと思ってもおのおのなかなか出来ない。
周りの家族に助けられ、状況の変化に引っ張られて「和解」にたどり着く。でも決して理解しあったのではなく、親子の情がゆるむような「和解」。
やはり小説の神様は小説がうまかった。堪能。
さて、親子の確執は現代でも続いている。ブログでも見受けるし、自分も無いとは言えない。しかしその内容は名作とは違う。
現代ではそれこそ「個人の自由選択」は法律でも保証されている。そのように社会もなっているようだが、本当の意味で西欧の言う「自我」を確立しているかどうか。
堕落かもしれない。未発達なのかもしれない。
もたれあい、あまえあい、きずをなめあう、風土は依然としてあるから。
「パラサイト」許し難い。 過保護もってのほか。
そこに親子の確執が起こるとどうなるのか?
最悪は親殺し、子殺し事件のニュース。
でも、いちばんわかってくれるのも親。子も親は捨てられない。
願わくは、お互いの自立。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
2009年
- 感想投稿日 : 2021年8月5日
- 読了日 : 2009年5月7日
- 本棚登録日 : 2021年8月5日
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