ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社 (2015年6月18日発売)
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本書はドイツにおいてナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党首アドルフ・ヒトラーが政権を担っていた1933年から1945年、いわゆるナチ時代及びそこに至るまでの過程を取り上げたものである。
筆者の石田勇治は東京大学大学院教授、近現代ドイツの研究者であり、本書以外にも『ナチスの「手口」と緊急事態条項』(集英社新書、2017年)や『20世紀ドイツ史』(白水社、2005年)などの著書があり、メディアでもヒトラーやホロコーストに関する解説として出演している。
本書の特徴はヒトラーとナチズム、ホロコーストに関する最新の歴史研究の知見をコンパクトにまとめている点にある。そもそも、そうした研究は冷戦終結後の1990年代になって一気に進展したという背景がある。それに関して本書では「旧ソ連・東欧圏の文書館資料が閲覧可能となり、長らく不明とされていた歴史の細部に光があてられるようになったこと、またそれまで自国の負の歴史の解明に必ずしも熱心でなかったドイツの歴史学が、研究者の世代交代も相俟って、若手を中心に積極的に取り組むようなったことに負っている(本書5頁引用)」 とある。
このように、第一次世界大戦終戦から100年を迎える現在、ドイツ・ナチ時代の研究の成果を読む事は、今の時代を見る視点を養う事でもあると思う。ナチ時代に本当に何が起きたのか。それを考察する現代的な意味は大きい。
 全体の構成は全7章で構成される。1~2章はヒトラーの登場からナチ党の台頭、1910年代からナチ党がその得票率のピークを迎える1932年7月の国会選挙までを描いている。3~4章ではヒトラーが首相に任命され、ヒトラー政権が成立した1933年からのその権力基盤が確固とした1934年末にかけての1年半に起きた社会の「ナチ化」の過程を取り上げる。5~7章では1933年から1945年までの「ナチ時代」を扱う。1939年の第二次世界大戦勃発までを前半とし、その評価の難しい「平時」における人々の捉え方、つまり「比較的良い時代だった」という声を雇用の安定と国民統合という観点から捉える。後半、つまり戦時において起きた国家的メガ犯罪と筆者が表現する「ホロコースト」に帰着した要因を、レイシズム、反ユダヤ主義、優生思想の発展とともに検討している。
 非常にまとまっている上にどの章にも気になる点があるのだが、ここでは二つ気になる点を取り上げる。
 第1章のヒトラーが従軍していた時代の話で、「過酷な塹壕戦の中で生じた無二の戦友愛と自己犠牲。階級や身分、出身地を超えて堅く結びついく兵士の勇敢な戦い」(本書26頁引用)を基に民族共同体の原風景を描いた、という部分だ。しかし、実際にはそれを経験していないヒトラーの矛盾という形で本書の指摘はあるように思われる。むしろ、実際に経験していないからこその「民族共同体」という幻想を生み出すことが可能とも考えられる。つまり、「戦争を経験していないからこそ戦争を美化する(できる)」という現代にも見られる現象がここにはあるように思えた。
 第6章において反ユダヤ主義の法律「ニュルンベルク人種法」の中でユダヤ人の定義に関する矛盾がでてくる。これはユダヤ人を宗教ではなく人種として規定してきたナチスが結局帰属する信仰共同体によって判断するという矛盾だ。こうした矛盾とまではいかないが違和感は現在でも国際ニュースを見ていて感じるときがある、それは今でもユダヤ教徒をユダヤ人と呼称するからだ。その理屈であれば、イスラム人やキリスト人もいなければならないのでは?と思ったりもする、そんな違和感を感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2018年3月11日
読了日 : 2017年10月7日
本棚登録日 : 2016年12月29日

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