イスラーム国の衝撃 (文春新書 1013)

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  • 文藝春秋 (2015年1月20日発売)
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イスラーム国の衝撃というタイトルにあるように、何が衝撃だったかといえば、以下の部分に端的に描かれている。
「『カリフ制が復活し自分がカリフである』と主張し、その主張が周囲から認められる人物が出現したこと、イラクとシリアの地方・辺境地帯に限定されるとはいえ、一定の支配地域を確保していることは衝撃的だった」(14頁)。
さらに、「既存の国境を有名無実化して自由に往来することを可能にした点も、印象を強めた。既存の近代国家に挑戦し、一定の実効性を備えていると見られたからである」(14頁)とあるように彼らは「挑戦」をしたのだと、つまり新しい展望を切り開くかのように見えたこと。
そのように見えたことが重要である。
なぜならそれは「現状を超越したいと夢みる若者たちを集めるには十分である」からだ。
また、メディア戦略とその卓抜さも指摘される。「『イスラーム国』は…少なくとも『ドラマの台本』としては、よくできているのである。ラマダーン月の連続ドラマに耽溺して一瞬現実を忘れようとするアラブ世界の民衆に、あらゆる象徴を盛り込んだ現在進行形の、そして双方向性を持たせた『実写版・カリフ制』の大河ドラマを提供した」。(19頁)
こうした戦略は「イスラーム世界の耳目を集め…それによって一部で支持や共感を集め、義勇兵の流入を促がし、周辺の対抗勢力への威嚇効果を生んでいるとすれば」(19頁)、その効果は単なるPR以上にイラクやシリアでの戦闘や政治的な駆け引きでも有効だと指摘されている。

そしてこうした「イスラーム国」はどこから現れたのだろうか。基本的には「2000年代のグローバル・ジハード運動の組織原理の変貌を背景にしている」(34頁)。ここでいう組織原理の変貌とは2001年の9・11事件以降の「対テロ戦争」によってアル=カーイダという組織が崩壊したためである。これは「『組織なき組織』と呼ばれる分散型で非集権的なネットワーク構造でつながる関連組織の網を世界に張り巡らせ…アル=カーイダの本体・中枢は、具体的な作戦行動を行う主体というよりは、思想・イデオロギーあるいはシンボルとしての様相を強めた」(34頁)ことによる。米国によるアル=カーイダへの攻撃に伴い、「それに共鳴する人員と組織は生き残り、新たな参加者を集め、グローバル=ジハード運動が展開していった」(45頁)。この運動の展開を、以下のように筆者は四つの要因として指摘している。
「(一)アル=カーイダ中枢がパキスタンに退避して追跡を逃れた。
(二)アフガニスタン・パキスタン国境にターリバーンが勢力範囲を確保した。
(三)アル=カーイダ関連組織が各国で自律的に形成されていった。
(四)先進国で『ローン・ウルフ(一匹狼)』型のテロが続発した。
」(45頁)
(一)及び(二)はパキスタン、アフガニスタンという国家機構の脆弱な地域において組織の回復が行われたことを指摘している。これは今のシリア、イラクと似たような状況に陥っていた地域、つまり国家機構の脆弱性を突く形での勢力範囲の拡大ともとれる。一方、(三)(四)は「フランチャイズ化」と呼べるようなものであるが、これも様々な形での脆弱な部分を突く形である。特にインターネットを介しているという点が目新しいといえばそうだ。

この本が刊行された時期はイスラーム国の衝撃が盛んに唱えられていた。そのイスラーム国誕生までの経緯は2000年代の9.11テロおよびイラク戦争を背景に、90年代のジハード主義者の国内テロ路線から対米およびグローバル路線への転換、80年代の冷戦構造下における対共産圏への対抗馬たるアフガンゲリラへのアメリカの支援等、イスラームの歴史として捉えるだけでなく、冷戦構造を支え、その後の唯一の超大国となったアメリカと関連する歴史上の産物でもある。もちろんその特性が宗教的特性と無関係ではない。
しかし、私にとってのこの「衝撃」は現状の支配的な価値観、つまり近代ヨーロッパ的な様々な枠組みに対しての極端な相対化とそれを行う実効力があった事は間違いない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: イスラム
感想投稿日 : 2019年3月29日
読了日 : 2015年2月12日
本棚登録日 : 2015年2月12日

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