「さようなら」は、「こんにちは」のはじまり。
何を考えているか分からない外部からの侵入者が、
小学校の卒業式に乗り込んできて主人公の目の前で
同級生を刺し殺した。
その事件をきっかけに、彼は団地に引きこもることを決める。
この物語の核心にあるのは、心を閉ざしたはずの彼が、
団地に住む同級生のことを逐次知りたがり、
すべてを把握したがるという性癖を持つことにあると思う。
何をしでかすか分からない他人が自分の周りから消えるよう、
とにかくどんなに細かい情報でも仕入れる。
バブルの前後、ポケベルやPHSをはじめ、
あらゆるところで技術革新が起き、
人間関係が劇的に変化した。
コミュニティ意識が強い団地を舞台にすることで、
この描写はさらに顕著に見える。
中盤以降では、団地から同級生が減っていくなかで、
本来近所関係の濃いはずの環境から人間関係が希薄化していく。
主人公・悟は、自分の知らない怖い外部世界に、
安住の地であるはずの団地が近づいていくことに焦りを感じ、
徐々に居場所を失っていく。
物語の最後、母親の死をきっかけに(?)、
彼は団地を出るという決意をする。
そして、この本のタイトル「みなさん、さようなら」。
このとき「みなさん」とは誰を指すのか?
僕は、これは彼自身のことなのだと感じた。
正確にいえば、彼の狭い世界の中で生き続けてきた、
同級生であり、ケーキ屋の師匠であり、最愛の恋人。
それは、物理的な「さようなら」である以上に、
関わりあう人々の、すべてを知らなければならないという、
強迫観念に縛り付けられてきた彼自身に対する別れ。
それは分かりやすくいうと、新たな門出。
それが良いことなのかどうかは、誰にも分からない。
- 感想投稿日 : 2013年1月28日
- 読了日 : 2013年1月27日
- 本棚登録日 : 2013年1月27日
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