捨てられる銀行 (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2016年5月18日発売)
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本書は主に地銀について書かれた書籍です。したがって全国の地銀・第二地銀・信用金庫・信用組合にお勤めの方、及び関係者にはぜひ読んで欲しい名著です。

余りにも本書の評価が良かったのか「捨てられる銀行2」という書籍も出版されています。私も元第二地銀マン。前職のことは気になっているので、「捨てられる銀行2」も読破したいと本著を読んだ後思いました。

では、早速本著の一部を紹介します。

2015年7月7日、早くから金融庁のエースとして待望されてきた森信親が長官の座に就いた。

その森が行った画期的な行為は金融行政の究極の目標の設定だった。これまでは、自己資本比率や不良債権比率で計る「銀行の健全性」に比重を置いていたが、今回は「企業と経済の成長と資産形成」を最大の目標として明確に打ち出した点だ。

どの官庁も同じだが、金融庁も設置法に基づいて設立された行政機関だ。任務を示す第1章第3条にこうある。

「金融庁は、わが国の金融の機能の安定を確保し、預金者、保険契約者、有価証券の投資者その他これらに準ずる者の保護を図るとともに、金融の円滑を図ることを任務とする」

つまり、銀行などの金融機関が連鎖的につぶれないように目配りし、預金者など利用者を守り、企業や個人に必要としているお金を円滑に貸し出すよう監督する官庁だ。

しかし森は2015年7月30日の就任後の初めての全国財務局長会議でこう述べた。
「日本の中小企業の生産性は、アメリカに比べて極めて低い。中小企業の新陳代謝も重要で、企業・産業の生産性向上を図るべきだ」

森の話は次第に熱を帯び、やがて革新に切り込んだ。
「にもかかわらず、いまだに地方銀行は担保・保証に依存しているといった声が政治家や企業から聞かれる。本当にそうなのか。なぜなのか。中小企業1000社のヒアリングで実態を把握したい」

当然ながら旧態依然とした、全国各地の財務局長からはこう疑問が上がった。
「実施するには相当の労力が必要であり、なかなか厳しいのではないか」

しかし、森は怒気を含みこう言った。
「これまでも財務局長会議の発表をずっと聞いてきたが、君たちの報告は、部下が作った資料を読み上げるだけで何も面白くない。君たち財務局長は、地方創生における各地のリーダーとして、地域金融機関をどう導いていくのか真剣に考えるべきだろう!地方創生の処方箋を創るのが仕事なんだ!その処方箋を持ってこい!」

なぜここまで森が怒ったのか、伏線がある。
森は前任時、全国財務局長に対し、地銀から創意工夫あるサービス開始の相談が上がってきた場合、情報を本庁まで上げるよう異例の要請をしていた。

それにも関わらず、ある地銀が預金者のお墓掃除サービスの開始を試みて財務局に相談していたが、地元財務局が「鼻で笑って門前払い」し、本庁に報告せず握りつぶしていたことなどを森が知ったからだ。こうした財務局の旧態依然とした態度に、森は危機意識を強めていたのだ。

森はこのような仮説を立てていた。
金融庁が検査・監督業務で地銀に話を聞くだけでは、企業が地銀をどう見ているか、取引において企業は何を望んでいるか、銀行が企業の経営課題に寄り添い、解決に向けて汗をかいて成長や再生を促しているのか、真相に迫ることはできない。

2015年10月から開始し、同12月までに取りまとめた第1弾ヒアリングの318社の集計結果によれば、やはり、地銀などが担保や保証をあてにした取引に依存し、顧客から遠い存在になっていることが浮かびあがった。

多くの地銀は「低金利での貸し出しこそ、企業や事業者が最も求めているものだ」と思いこんでいるが、企業側は「金利以上に事業内容を見てもらい、経営課題の解決と成長に向けて一緒に歩んで欲しい」と期待していたのだ。

2015年12月に実施した約400社を対象にした第2弾のヒアリングでは、地銀からの借り入れの実態にまで踏み込んだ。地銀は短期融資で対応すべきものも、担保や保証をつける長期融資(証書貸付)で対応している比率が38%と最多だったことが分かった。つまり、事業の本質を見て貸してるのではなく、担保と保証しか見ていない地銀取引の実態が浮かび上がった。

そんな森長官の今回の行政方針に初めて盛り込まれ、地銀会を騒然とさせたのが。これまでにない新たな価値観、つまり地銀が地方創生にどう貢献しているかを評価するベンチマーク(指標)の導入だ。

当該行政方針で例示されたのは、「地域における取引企業数の推移」や「支店の業績評価」だ。

「取引企業数」を重視するのは、横浜銀行で大規模な不良債権処理に取り組み、その後破綻直後の足利銀行頭取等を歴任し、現在はゆうちょ銀行社長の池田憲人の持論だ。彼は森の信任も厚く、森金融行政の柱の一つである有識者会議のメンバーにも起用されている。

池田は国有後の足利銀行で不良債権処理に取り掛かる一方、「靴底減らし運動」を提唱して、徹底的に顧客訪問に取り組ませ、その後の復活になる顧客基盤を固めてきた。

池田の考えはこうだ。
普通、売り上げは、数量と単価を掛け合わせて決まるが、銀行の場合は、売り上げを伸ばそうとして単価を無理にあげれば、リスクを増やすことにつながる。

リスクをコントロールしながら売り上げを伸ばすには、単価でなく、むしろ数量この場合取引企業数を増やすのがベストだというロジックだ。

もう一つの「支店の業績評価」は営業ノルマを撤廃し、顧客の課題解決に取り組んだ行動を評価する北國銀行の取り組みを森が高く評価した経緯が背景にある。

このようなベンチマーク導入が行政法人で公表されると、地銀からは早速、不安や懸念が噴出した。

それは「顧客の数を無理に増やそうとすると金利競争を助長するのではないか」「現状の顧客の満足度向上を優先すべきだ」といった具合だ。

このため金融庁は、「ベンチマークさえ守れば、あとは地域の問題など、どうでもいい」とやり過ごそうとする地銀の悪しきマニュアル慣習を許さない秘策を練った。それはあえてベンチマークを大量に用意し、すべてのベンチマークをクリアすることを難しくしたことだ。

金融庁のご機嫌取りではなく、顧客本位の営業と地方創生を本気で取り組まねば、及第点を達成できないような制度設計としたのだ。

さらにベンチマークそのものの達成ではなく、地域に欠かせない企業に対してどのように向き合っているのか、その取り組みや実績を見ていくという3つの重要業績評価指標(=Key Performance Indicator)を設定した。以下の3つだ。

①金融機関が主力とする企業の経営改善や成長力の強化
②持続可能性に懸念がある企業の抜本的事業再生や早期転廃業等円滑な新陳代謝の促進
③担保・保証依存の融資姿勢からの転換

ベンチマークは、この3つのKPIを達成するためのいわゆる「大工道具」としての位置づけとなる。したがって、ベンチマークをいかに達成しようともKPIが達成できなければ地域金融の責任は果たしていないということだ。或いは、ベンチマークを達成できなくても3つのKPIが達成できていれば良いという定義だ。


森が地域金融行政において、もっとも力を入れたのが「金融仲介の改善に向けた検討会議」の設置だ。これは前期のような議論や以下のような森の考えを反映したものだ。

「地域金融行政で有識者の意見が継続的に入る仕組みを作りたい。外の有識者の意見が入る。アドバイザリーボード的な存在だ。地域金融行政はこういうところが欠けているのではないかとか、これにスポットライトを当てるべきではないか、という知見があるはず。期限を区切らず継続的にやりながら情報発信していく。どういう議論をしてのか、情報発信の場。議事要旨とか、議論内容を公開する」

ここで森の考えと近似した、広島銀行の事例を紹介してこのブログを終了する。

一部の地銀では森が事業性評価を研究するもっと以前から、事業性を見なければいけないという問題意識を強めていた。その先駆けが広島銀行だ。

広島では自動車メーカーのマツダが工場を構え、部品を供給するサプライヤーが地元に多数存在する。1台の自動車をつくるには2万~3万の部品が欠かせないといわれる。こうした部品を供給するサプライヤー無くして、マツダは決して成立しえない。

不良債権処理に追い立てられた当時の広島銀行は、財務面でこれらのサプライヤーを評価し、融資の審査を実行していた。しかし、それでは取引を打ち切らなければならないサプライヤーが生じてしまう事態が発生したのだ。

広島銀行としては、財務内容を見極めて「正しい」判断をしているつもりが、広島の基幹産業であるマツダを苦しめることになるのかという本末転倒の自己矛盾に陥っていていたのだ。

そのため、広島銀行ではサプライヤーを単に財務面で評価するのではなく、「マツダにとって欠かせない技術かどうか、そうではないのか」といった定性情報も含めて融資を実行することが必要になった。

そうした現実も踏まえ、1999年、広島銀行は融資部の中に自動車の専門家を集めた。マツダからの転籍者が、サプライヤーの工場を視察し、技術面を評価していくことになった。これに銀行の税務分析を併せて「技術」と「財務」の両面の優劣で判断することで、どこに改善点があるか把握することが、明確に浮かび上がってきた。

広島銀行はこの事業性評価をさらに磨いていく必要性を感じていた。経済産業省が提唱していた「知的資産経営」に基づき、2008年ごろから事業性評価の本格的な研究が進められ、11年には当時、広島銀行融資企画部長だった日下智晴が法人の投資銀行部門とチームをつくり、コンサルティングの知的資産マネジメント支援機構と財務面以外の顧客やブランド力、経営、従業員などの「無形資産」をどのように分析するのかを体系化し、一定の成果にたどり着いた。

こうした分析は、財務情報で判断する「定量分析」に対し「定性分析」と位置付けていた。
これは財務情報では読み取れない企業の力を見極めることができるという斬新的なもので、25項目を1~4点の100点満点で評価し、チャートで強み、弱みを「見える化」できるといったものだった。

このように今回の金融庁の変革を待たずに独自の解釈で顧客本位の経営に踏み出している金融機関もあり、事業性評価はより広義に解釈されるべきであることも分かった来た。

しかし、事業性評価に関して、どのように取り組むかを示したチェックリストを出すことには森は断固反対だ。なぜならチェックリストさえ守れば、あとは何もせずとも構わないというかつてのマニュアル編重主義や免罪符のように誤った解釈に走り、機能不全に陥った金融行政の轍は二度と踏まないという反省と問題意識があるからだ。

森金融庁の合法以来、地銀の間では、事業性評価のチェックシートをつくったり、対策室を設置する動きも広がり始めた。しかしそれでは失敗に陥る。


そうではなく、金融機関の思考と行動を顧客本位に変えることが真の目的だ。事業性評価は、その登山道の極めて重要であるが、最初の入り口に過ぎない。

以上のブログは、本書の第1章の何分の1かである。これを見て「面白そう~」と思った地銀マン・金融機関マンはぜひ本書を読んで欲しい。最終章には地銀・信用金庫の具体事例もふんだんに載ってあります。

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カテゴリ: ビシネス
感想投稿日 : 2017年8月19日
本棚登録日 : 2017年8月19日

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