資本主義だけ残った――世界を制するシステムの未来

制作 : 梶谷懐 
  • みすず書房 (2021年6月18日発売)
3.94
  • (11)
  • (14)
  • (7)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 382
感想 : 23
4

ブランコ・ミラノヴィッチ(1953年~)は、ベオグラード生まれ、ベオグラード大学博士課程修了、世界銀行調査部主席エコノミスト、カーネギー国際平和基金シニア・アソシエイト等を経て、ルクセンブルク所得研究センター上級研究員、ニューヨーク市立大学大学院センター客員大学院教授。
本書は、2019年発表の『Capitalism, Alone:The Future of the System that Rules the World』の全訳で2021年に出版された。邦訳書では、『不平等について』(2012年)、『大不平等』(2017年)に次ぐもの。本書は、「エコノミスト」、「フィナンシャルタイムズ」、「フォーリン・アフェアーズ」等の雑誌・新聞でベストブックに選ばれている。
私は以前より、世界に広がる格差の元凶である資本主義に問題意識を持っており、これまでも、ジョセフ・スティグリッツ、水野和夫、トマ・ピケティ、斎藤幸平、広井良典等の多数の著書を読んできたが、本書を手に取ったのもその流れによる。
本書の概要は概ね以下である。
◆資本主義は、我々の世界に、営利を目的とするという、共通の価値観・ルールを生み出すことに成功した、最も安定した社会経済システムである。現在の世界の資本主義の体制は、欧米諸国の「リベラル能力資本主義」と中国に代表される「政治的資本主義」に分けられる。「リベラル能力資本主義」は、民主主義と法の支配に結びつき、技術革新を奨励し社会的移動性をもたらすことで経済の発展を促し、かつ万人に概ね平等の機会を与えると考えられている。一方、「政治的資本主義」は、政治的エリート層を惹きつけるとともに、高い成長率を約束するかに見える。
◆「リベラル能力資本主義」は、第二次世界大戦後の「社会民主主義的な資本主義」を支える「4つの柱」となっていた、交渉力の強い労働組合、教育の大衆化、累進性の高い税負担、政府による大規模な所得移転が、次第に機能しなくなった結果生じ、不平等を不断に拡大させることとなった。
◆中国などの後進の被植民地国の多くが社会主義革命を起こしたのは、教条的なマルクス主義が主張するような資本主義の矛盾が原因ではなく、地主に代表される旧社会勢力を一掃し、かつ、外国資本による支配を覆すことができる、唯一の組織化された力が共産主義勢力であったためで、“資本主義的な経済発展を実現するために”社会主義革命が必要だった。こうして成立した「政治的資本主義」の特徴は、テクノクラート的な官僚システムの存在、そのシステムが邪魔されないよう法の支配が欠如していること、民間部門を統制できる国家の存在の3つであり、それ故に深刻な腐敗が生じやすいという矛盾を持つ。
◆「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」で進行する不平等は、グローバル・チェーンの進化、即ち、モノと資本の移動が自由になり、先進国の工場が簡単に途上国に移転するようになったこと、情報通信技術の発展によって、事細かに国際分業することが可能になったことの2点を通じて有機的に結びついている。
◆様々な問題を孕む超商業化資本主義社会だが、これに代わる社会経済システムはない。資本主義に組み込まれた競争的かつ物質欲的精神を捨てれば、結局は所得が減り、貧困が拡大し、技術進歩が減速・逆転する。物質欲的精神を捨ててもなおかつそれらが維持できるなどと思うのは無理である。
◆「リベラル能力資本主義」がいかに進化していくかについては、資本所得の集中がより少なく、所得の不平等がより縮小し、世代間の所得の移動性がより高くなることにより、「民衆資本主義」に移行できるか否かにかかっている。仮に、「リベラル能力資本主義」が政治的な力と結びつき、金権主義的なものになれば、「政治的資本主義」に似通ったものとなるだろう。

本書の特徴は、何より、中国の社会経済システムを、日米欧諸国の「まともな資本主義」に対する「異形の資本主義」とは位置付けずに、その歴史に基づいた一つのシステムとして分析し、更に、日米欧諸国の「リベラル能力資本主義」でさえ、格差・不平等が拡大し、富裕層が政治的な力と結びつけば、そうしたシステムと似たものになると警鐘をならしていることだろう。
また、私が問題意識を持っている格差の是正については、「リベラル能力資本主義」から「民衆資本主義」への移行がポイントとしており、この点は同意する。(ただ、斎藤幸平氏が論じている地球環境の持続可能性を危うくする(資本主義と不可分の)物質欲的精神については否定していない)
資本主義の未来(ポスト資本主義)を考える上では一読の価値ある一冊といえる。
(2022年2月了)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年2月15日
読了日 : 2022年2月15日
本棚登録日 : 2021年10月24日

みんなの感想をみる

ツイートする