今回この短編集を購入したのは表題作である「アジャストメント」を読むためではなく(同作ももちろん面白いのですが)、巻末に収録されたディックの講演原稿「人間とアンドロイドと機械」を読むためです。
「人間とアンドロイドと機械」は、遺作となったヴァリス三部作の執筆中にディックがイギリスで行う予定だった講演の原稿に加筆したもの。体調不良のためディックが渡英を中止したためこの原稿が残された唯一のものとなりました。
ディックが終生作品のテーマとして持ち続けた「アンドロイド」という概念が一体何を意味しているのか。またディックの作品に共通してみられる記憶の改変、真実の隠蔽といったモチーフについてもディック自身の言葉で語られており、少しでも彼の作品を面白いと思ったことのある方なら必読です。
後半、ディックの語り口はかなりオカルトめいてきます。デュオニュソス、エッセネ派、死海文書、転生、夢といった言葉が、まるでカルト宗教の教祖が語るような口調で綴られており、これを読まれた方は「果たしてディックは正気だったのだろうか?」と感じるかもしれません。当時のディックは友人の死やドラッグ中毒などでかなり精神的においつめられており、その表れと受け取る方がいても不思議はありません。
しかし、私はこの部分に晩年のニーチェが書いたものとの強い関連を感じます。「私はインドにいた頃は仏陀でしたし、ギリシアではデュオニュソスでした」というあれです。ディックはユングに深く傾倒していたことで知られていますが、おそらくユングを通してニーチェを知り、それを引用した可能性が高いのではないでしょうか。ニーチェ、またその影響を受けたルドルフ・シュタイナーらの著作をフィルターとして読むとオカルト的要素の出所がはっきりしてきます。
ニーチェの晩年とディックが死の直前に置かれた状況はある意味よく似ています。ディックがニーチェに同一化しつつ、意識的にこの原稿を書いたということは十分に考えられると思います。
- 感想投稿日 : 2011年7月25日
- 読了日 : 2011年7月25日
- 本棚登録日 : 2011年7月25日
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