港横浜のシンボルとして、そして戦前戦後の大型客船時代の日本の表玄関として、多くの人を迎え、送り出したホテル・ニューグランド。そこで働く人たちは宿泊客にとっては調度品のような存在。素材を厳選し、様々な意匠を凝らして、主人の居心地だけを追求する。努力の跡なんておくびにもださず、笑顔で佇んでいるだけ。
バーテンダーであったり、ドアマンであったり、料理人であったり、立場は様々でも、宿泊客にくつろいでいただくにはどうしたらいいかだけに心を砕き行動する。彼らは慮る力が何より長けている。
かつて30年にわたってホテルに住み続けたロシア婦人がいたらしい。毎日のように接していたドアマンは、しかしそれ以上のことは知らない。ロシア革命で亡命してきた貴族階級のロシア人、いわゆる白系ロシア人だろうとは思っていたけれど、そのことを尋ねたことはない。
大仏次郎はホテルのバーのお気に入りの席で、いつもお酒を飲んでいた。でもバーテンダーが執筆中の作品の構想を知り得たりすることはなかった。
結婚式の会場の窓から氷川丸をみて、涙を浮かべていた老婦人。戦前にある人が氷川丸に乗って日本を去り、永遠の別れとなってしまったらしい。恋人だったのか、想い人だったのかはわからない。それ以上のことは語らなかったから。
他にも長い歴史の中から興味深いエピソードが数々語られている。
「横浜の時を旅する」
単純だけど見事にはまったタイトルだ。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2012年6月29日
- 読了日 : 2012年6月29日
- 本棚登録日 : 2012年6月29日
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