ミドルマーチ4 (光文社古典新訳文庫 Aエ 1-5)

  • 光文社 (2021年3月10日発売)
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感想 : 8
5

感動のフィナーレをむかえる完結編。濃密な群像劇のなかでジョージ・エリオットが私たちに伝えたものとは何か。

第7部冒頭からリドゲイトの窮状。金銭のトラブルから発生する夫婦喧嘩の描写がリアル。妻に折れざるをえなくなっていく夫の心境の変化が生々しい。

いっぽうフレッドくんたちの三角関係に進展が。誘惑を振り切って紳士の生きざまを貫く牧師の、自らの弱さも強さもすべて打ち明ける潔さ、そしてそこからの恋愛関係の決着に心を打たれた。

お金の相談をしたリドゲイトを冷たくあしらったバルストロードに、ラッフルズが火種を持ち込む。ミドルマーチの良心、ケイレブ・ガースが潔癖な対応をするなか、バルストロードの心に誘惑の魔が忍び寄る。彼の心の葛藤は、「罪と罰」を彷彿とさせる奥深さがあり、ミステリー小説ばりのサスペンスにも引き込まれる。この後の、燎原の火のように噂が広がっていく様子が印象的で、スキャンダルが個人に与える打撃の恐ろしさは、当時も今も変わらないと感じさせた。バルストロードの心変わりでホッとしたのもつかの間、さらなる窮地に陥るリドゲイト。彼らはどうなってしまうのか……!というところで怒涛の第7部終了、クライマックスの8部へ突入する。

第8部にきてドロシアが、少年マンガ終盤の主人公のような感化力を発揮し、正論と情熱で周りを変えていく。いっぽう真実を知ったバルストロード夫人の心理描写が感動的で、人間の心の中で起こっていることをかくも詳細に書けるものかと驚く(この作品全般そうだが)。そして74章のバルストロード夫妻の姿は泣けるとしか言いようがない。こんなに味わい深い小説はまたとない。

八方塞がりのリドゲイトにドロシアの信頼が救いをもたらす一方、ウィルにロマンスを求めるロザモンドが打ちのめされ、4人の感情は四角関係のようにこじれるかに思われたが、ドロシアの気高い決意が絡まった糸をほどいていく。

日常よりもロマンスを求めてしまうという、ロザモンドが結婚というもの自体に抱く不満は、現代においても変わらぬリアリティがある。彼女が結婚というものの現実を受け入れるきっかけとなる、ドロシアとの会話シーンは本書の名シーンのひとつで、これも涙なしでは読めない。ついには諦観に至るリドゲイトの結婚に対する想いも、必ずしもネガティブなものだけではない終わり方が心にしみる。

意外と出番の少ないウィルは、終盤に大きな花火をあげていく。
真実の愛を感じさせる彼の精神力は、恋愛小説としての本作の魅力を引き立てる。

坊っちゃんくささの抜けないフレッドだが、だからこそメアリの力強さと二人の絆の深さが映え、彼もまた成長をみせることで物語のテーマの一つを体現していくことになる。

ほとんどの主要な登場人物と深い関わりを持つバルストロードの存在は、主人公とはいえないものの、具体的な事件や小説そのもののテーマも含めて、構造的に核となっている気がする。彼を軸とした人間関係の複雑なドラマが、ミドルマーチという物語世界を重層的なものにしていると思う。

フィナーレは圧巻。長編ドラマシリーズとか、大河ドラマを見終わったかのような、圧倒的な読後感にひたる。

本書から得られるものはたくさんあり、すべては書き切れそうにないが、テーマ的な結論としてラストの文章について考えてみたい。夢や希望を描いて若き日を出発した私たちは、現実とどう向き合って生きていくべきなのか。本小説には一つの答えが示されているように思う。偉大な英雄的人物にはなれなくても、名を成さない数多くの人々の誠実な人生に世の中は支えられている。それはきっと悪くないものなのだ。

どこか似ているのでアンナ・カレーニナと対比して読んでいたが、巻末の読書ガイドでもこの点について言及していた。トルストイはこの作品に影響を受けた節があり、8部構成というところも似ている。

かつてないほど興奮し、夢中になった本作。あまりに要素が多すぎて、まとまりのない感想になってしまった。「なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない」という名言を残したジョージ・エリオットの世界は、まだまだ探索する余地がありそうだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年4月7日
読了日 : 2023年3月30日
本棚登録日 : 2023年1月31日

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