全身小説家 [DVD]

監督 : 原一男 
出演 : 井上光晴  埴谷雄高  瀬戸内寂聴  野間宏  文学伝習所 
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感想 : 9
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この作品は平成元年、文学伝習所を中心にエネルギッシュな活動を続ける戦後文学の旗手、井上光晴(「地の群れ」等)の生き様を10年がかりで撮り溜めていく構想で行われた。しかし、撮影準備に入った直後、井上光晴にS字結腸癌が発覚する。撮影は手術の成功後、完全に文学活動に復帰した12月からスタートした。
作家・井上光晴に向けられたカメラは一人の作家の軌跡をとらえるとともに、「うそつきミッチャン」と呼ばれるほどに自らを虚構の渦に巻き込んできた井上の虚実皮膜の人生を浮かび上がらせる。証言者たちが笑いこけているほどの「うそつきミッチャン」の嘘はもはや芸術の域に達している。
瀬戸内寂聴、埴谷雄高ら文壇の友によって明らかにされる真実、自作年譜の嘘、母親と初恋の少女の隠された真実、女性たちによって語られる虚々実々の素顔。映画は虚構と真実の迷宮へと観る者を誘い込む。
鬼才原一男が、作家井上光晴に肉迫したドキュメンタリー映画。
井上光晴は、「差別問題」「文壇への批判」などをテーマに描いた小説家。
井上は、小説家を育てる「文学伝習所」の活動をエネルギッシュにしていた。井上は、かなりサービス精神旺盛な人で、文学伝習所の宴会で女装して踊って喝采を誘うところがあった。
そんな井上は、文学伝習所に集まる井上崇拝者のおばさまたちを次々に口説き落とすモテ男でもある。
そんな井上は、自作の年譜を発表しているが、ことごとく事実と異なる。
例えば、井上の自作の年譜では「両親の離婚後、父親に捨てられて、祖父と共に極貧生活していた」とあるけど、実際は「炭鉱で働いている父親の下で何不自由なく育った」。
「日本で最初の共産党を作った」「占い師として食っていた時期がある」などの逸話も、事実と異なる。
自作の年譜すら作品として作り込んでいる井上の「全身小説家」ぶりは、サービス精神旺盛なだけでなく、「母親に捨てられ、再婚した母親に井上が会いに行ったが、玄関先で冷たく追い返された」という忌まわしい記憶が起因した、「自らの人生をフィクションとして再構築しなければ生きられない」業によるものだろう。
井上光晴の虚実入り混じる生涯を追う中で見えるのは、事実とフィクションの間にある危うい境い目で、記憶すら欠落して脱落してしまう自らの人生の体験の記憶の危うさ。
作家と作品の関係に鋭く切り込んだドキュメンタリー映画。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年12月18日
読了日 : 2022年12月18日
本棚登録日 : 2022年12月18日

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