新版 悪魔の飽食 日本細菌戦部隊の恐怖の実像 (角川文庫 も 3-11)

著者 :
  • KADOKAWA (1983年6月2日発売)
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感想 : 85
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細菌兵器の研究開発のため人体実験を繰り返したと言われる731部隊の全容がまとめられている。戦争の足音が近づきつつある今日こそ読んでおいた方がいいかもしれない本。小説的な表現があるためやたらと映像的で生々しく、戦時中の異常さが疑似体験できた。

マップや写真などが豊富で、内容も興味深いため、想像の中でホルマリン液や消毒液にまじる寒天の腐臭にまみれながら、ロ棟を連れ回されたような気分だ。

予想以上に闇が深い。人間こんなにも共感性を失えるものかと思う。でも、残念ながら、731部隊はよだれをたらした頭のおかしいサディスト集団ではなかった。実験体が人間でさえなければ、有能な研究者や技術者たちが立ち働く活気のある職場だ。そう、まるでプロジェクトX。あのノリと使命感で、正気のまま、平気で人間を解体するところに本当の闇がある。

合理的に運営されている清潔な最先端研究施設で、人間が人間に「丸太」と名付けて番号管理、毎日2〜3人をシステマティックに生体解剖し、細菌入り饅頭を与えて観察し、死体の山を築きつつ確実に研究成果をあげる。それと同時にテニスや盆踊りで福利厚生を享受し、同僚の戦死に心から手を合わせる。

こんなもの全員イカれた悪魔のサイコパスだろうと思いたくなるが、そうではない。訓練され慣れてしまった普通の人たちだ。アイヒマンも731部隊員も、我々と同じ勤勉な働き者だったところに戦争の禍々しさがある。しかも、研究成果は戦後もアメリカや日本で活用されているという。

今でも「死刑囚は生体実験に回せ」だのいう言葉がネットに書き込まれており、死刑囚自身の残虐性により特に問題視されてはいないが、731部隊の理屈がまさにこれだったのを考えると、非常に憂鬱になる。誰かを非人間化することに麻痺するのはとても危険だ。その先には731部隊の犯罪が待っているのではないか。

戦時下においては、我々全員が非人間化される。つまり焼いても殺してもいい「マルタ」として互いに殺し合うよう上から命ぜられる。そうでなければ人は人を殺せず、人が死ななければ戦争も成り立たない。その意味で、戦争自体もともと人道に反する犯罪だ。

また、本物の戦時下になくとも、誰かを非人間化して攻撃している時点で、一種のバーチャルな戦争に参加し、自分をも非人間化していると言える。つまり「ひとでなし」に。もちろん、ひとでなしは人間じゃないのでマルタという消耗品だ。

命ぜられたターゲットに群がって憎悪を焚きつけるという意味で、SNSの炎上は戦争のイメトレとしてもってこいだろう。国民の番号管理という非人間化もすでに始まっている。あとは敵の設定と味方の犠牲という付け火があれば、あっという間に恐怖と怒りの火は燃え広がる。731部隊は忘れたらそれで終わる例外ではない。日常から続く道の先にある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年9月11日
読了日 : 2023年9月23日
本棚登録日 : 2023年9月10日

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