もし、その人が自分で動くこともできず、言葉も発せず、自分の意思をこちらにわかる形で示すことが出来ず、こちらの声掛けにも反応を見せなかったら、その人にだって心はある、と信じられる人はどれだけいるだろうか。
この話は、主人公きーちゃんの長い独白から始まる。実際に触れて、見て、経験することの出来ない人の、頭の中だけの思考。そこには既成概念も常識も道徳や自制心もない。聞こえてくる音や声、身近にあるものの気配だけで、感じて考える。だけど、心の中の風景は、驚くほど豊かだ。それは、温かいとか愛おしいとか慈しみなどとはほど遠いけれど。
当然のことながら、彼女には自分が「在る」ことに意義が見いだせない。
きーちゃんは、元職員の、他の職員とちょっと違うさとくんをずっと見ていた。そしてさとくんはその真面目さゆえに、ある考えに囚われていく。
さとくんには悪意はない。それでも入所者様たちを一人でも多く殺すことが正しいことだ、と感じる、その気持ちを、それまでのきーちゃんの思考に揉みくちゃにされた私の頭が割と素直に受け入れてしまった。この人たちは心もなく意思もない、「ただ在る」ことに何らかの意味があるのか、と。
もちろん、さとくんのやったことは間違いだった。心のないものは存在しなくても良いという信念で行動したけれど、きーちゃんという、間違いなく心を持った入所者も手に掛けたのだから。きーちゃん以外の入所者にだって心はあったかもしれない。外から見えないだけで。。でも、きーちゃんも無を望んでいたのだ。・・・・
何をもって人とみなすのか、「存在」するということは何なのか。私が当然と思ってきた、常識というものが揺らぐような、重い、重い話だった。でも、読むべき本だと思う。
- 感想投稿日 : 2023年11月18日
- 読了日 : 2023年11月16日
- 本棚登録日 : 2023年10月12日
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