死が私の記憶と目を奪い取っても、何一つ変わりはしないだろう。
そうなっても私の記憶と目は夜と肉体を越えて、過去を思い出し、ものを見つづけるだろう。
いつか誰かがここへやってきて、私の記憶と目を死の呪縛から永遠に解き放ってくれるまで、この二つのものはいつまでも死につづけるだろう。-----本文より。
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自分以外、誰もいなくなってしまった村のなかで時間が刻々と過ぎていくさまを一人称で綴ってゆくとても静かな物語。
冒頭から“〜だろう”という未来を予想した口ぶりに終始していて慣れるのに時間が少し掛かったけれど、読んでいく内にその未来を想像する口ぶりが次第に馴染んでくる。なにかの神秘にでも触れたかのように。
小説、とは複数の人数がいてそこに人間関係のドラマがあり、いろいろな感情の葛藤があり、それによって物語りは進んでいく。しかしこの本のなかには、村に残されたたった一人の老人と、傍にいる名前のない犬。出てくる人物は妻のサビーナや自分を残して村を出て行った息子のアンドレス、戦争から帰ってこなかったカミーロなど、登場してはくるけれど、すべてそれは一人称で語られ、彼、老人の記憶だけが読者の時間軸を設定していると言って良い。生きていること、死んでいること、この両極端なものが同じように語られ、そして消えそうで消えないものとして綴られている。
緩やかに忘却を目指して廃退していく村。
現実なのか、幻想なのか、生きているのか、死んでいるのか、記憶の残骸によって生きながらえているのか、区別の付かない村のなかで降る黄色い雨。
消えて行く美しさ、がここにありました。
(2009.03.06)
- 感想投稿日 : 2009年3月6日
- 本棚登録日 : 2009年3月6日
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