半夏生の晩に開かれる集会には祖父の形見の時計と羅針盤が導いてくれる。夏至をはさむ、朔月から朔月までのひと月に時計の針が止まるのは、「現在」と「過去」と「どこか」を繋げるから。
少年の持つ時計の作用か、読み終わった日翌日の私は始業を告げるベルが終業のベルに聞こえるほど、時間の感覚があやふやな一日を過ごした。そんな日は、レモネードに浮かべた輪切りのレモンと月が入れ替わっても驚かないんじゃないかと思う。
この頃の長野さんの文体が大好きです。玻璃、洋燈、夜天、紅玉。輝輝とした言葉たちを抱きしめるつもりで読んだ。
《2014.08.06》
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
日本
- 感想投稿日 : 2015年11月27日
- 読了日 : 2014年8月6日
- 本棚登録日 : 2015年11月27日
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