文庫 自分の「異常性」に気づかない人たち: 病識と否認の心理 (草思社文庫 に 3-2)

著者 :
  • 草思社 (2018年12月5日発売)
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感想 : 30
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私自身が幼少期から自己の異常性、自己の身体に対する異物感、他者心理への敏感性に悩んできて、希死念慮(「死」というよりも「消えたい願望」)があり、ある程度歳をとった今でもストレス環境に置かれると自分の中の違和感が強まること、そして誰が観ても「異常」なのではないかと思うが本人には病識が全くない家族がおり、私自身とても振り回されれ疲れ果てることに困って手に取った。
本書にも記述があるが本人に病識がない場合には医療機関や福祉につながることは難しい。本人にとっては自分を精神科に連れて行く他者の方がよっぽど「異常」だからである。しかし、本書は大学病院を舞台とするため、そのような病識を持たない人たちの医療や福祉へアクセスが確保されたところから始まる。もっとも、本書に興味を示す読者の一定数は、まず医療機関に繋がるにはどうしたら良いか、という段階で悩みを抱えている人が多いのではないかと思う。その意味で本書はこのテーマについて一定の見解を示すものではないが、本書では病識がないことにより周囲が困惑し問題が悪化するケースも紹介されており、悩んでいるのは自分1人ではない、という安心感は得られるかもしれない。また、「異常性」のあると思われる人たちの中には、周囲の環境や理解により、「個性」にもなりうること、誰もが治療が必要であると考えるケースでは適切な治療に対する理解が家族にも必要なこと、そして医療従事者あるいは医療従事者になることを希望する人々が、「異常」はある状態では「正常」である可能性を常に頭に置きながら、患者以上にその者「病識」についての理解と配慮を要することを具体的な患者対応を示していく点に意義がある。
現代医学が、「病識」を重視していないことによる問題の表れかもしれないが、現場の医師は医療へのアクセスに加え、インフォームド・コンセントの点でも、本人の病識がないことによる本人の意思の尊重に苦悩する。医師が患者からの攻撃の最前線に立たなければならないことや核家族化などにより家族の支援が得られないことなどの問題が本書でも提示されているが、最近の医療従事者を人質に立て篭もりをした事件に対して患者による攻撃から医療従事者を守る体制の薄さを指摘する医師たちの声からも問題の大きさがわかる。
日常生活や社会生活に困難を抱える本人が自己の「異常さ」に気づきを持ち、外来に通い、治療にも協力的でない場合には、犯罪等で措置入院となるか、身体的症状が出ることで医師の診断と家族の同意のもとで医療保険入院するという強制入院による治療がなされ得るが、何が「異常」で何が「個性」かわからない中で本人の意思に反する介入・侵襲は一歩間違えれば排外主義・人種差別・障害者差別による歴史を繰り返すことになる。「異常」な人から離れていくことは一つの自分を守る手段かもしれない。でもどうしてもそれができない自分もいる。それはそうしてしまったら、その人を「異常」だと切り捨てることになってしまうような気がするからかもしれない。包摂も支援も、口で言うほど簡単ではない。出を差し伸べたいわけではない。寄り添うというのも違う。病識がない人たちは、その人たちの「正常」を示すことで、「正常」だと思っている人たちの「正常・異常」の境界に疑いを挟むから、戸惑うのかもしれない。
本書では射程外とされていた、司法精神医学もいずれ読んでみたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 心理・認知
感想投稿日 : 2022年2月2日
読了日 : 2022年2月2日
本棚登録日 : 2022年2月2日

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