ペルソナ 三島由紀夫伝 (文春文庫 い 17-9)

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  • 文藝春秋 (1999年11月10日発売)
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『ペルソナ―三島由紀夫伝』は、猪瀬直樹による三島由紀夫の評伝。別に三島のファンじゃないけど、同じ著者の『ピカレスク―太宰治伝』が面白かったので購読。

三島由紀夫は、天才作家だと神秘化されて語られることが多い。この評伝では、天才という神秘の仮面が剥ぎ取られている。売れるために苦しんだ作家三島由紀夫の素顔がリアルに綴られる。

三島は、祖母の影響が強いと言われる。『仮面の告白』で描かれているように、幼い三島は祖母に半ば幽閉され、文学的素養を注ぎ込まれていた。著者は祖母ではなく、三島本人が多くを語らなかった祖父に焦点を当てる。

三島の祖父は、原敬に仕える官僚だった。本書の第一章は、三島由紀夫の幼少時代でなく、原敬と原に仕える祖父の活動に焦点が当てられる。三島由紀夫本人の話は全然出てこないけれど、読み物として面白い。祖父が仕えた原敬は、日本に民主主義を根付かせようとした人だった。薩長の派閥政治に対抗するために原が使ったのは、官僚と金の力だった。金をばらまいて官僚を支配し、政治基盤を固める原の手法は、田中角栄と重ねられる。

三島の祖父は政治闘争の過程で失脚したし、原も暗殺された。出世街道から外れた三島の家は、傾いた。三島の父も官僚だが、うだつがあがらない。精神が不安定になった貴族出身の祖母は、かわいい孫にいびつな愛情と古典教養趣味を注ぐ。こうして、三島由紀夫が育つ。

『仮面の告白』で華々しくデビューしたようなイメージがあったが、違った。三島はデビューするまで普通に苦労している。原稿を作家に送っても相手にされない。変態作家だと先輩作家に言われたりする。当時売れていた太宰治の『人間失格』をまねて書いたのが『仮面の告白』だったという。そう言われると、確かに『人間失格』と、『人間失格』発表1年後に書かれた『仮面の告白』は似ている。

『金閣寺』をピークに、三島は売れなくなる。社会派的作品を書くが、若い頃の作品ほどには売れない。世間は、大江健三郎など三島より若い作家の感性に注目しているし、学生運動が隆盛してくる。何故三島が過激なナショナリズムに染まっていったのか。変遷の契機として、経済的理由があげられた(今日も就職活動に疲れたらしい大学3年生が高速バスで事件を起こしたが、経済的基盤に対する不安は、人生を変え得る)。

三島の文学、及び晩年の過激なナショナリズムには、戦後日本を覆う日常性への嫌悪があったという。祖母が教えてくれた芸術、文学、有限の日常性を超越した理想の幽玄的世界。著者は三島が嫌悪した戦後日本の日常性を、近代官僚制と読み替えている。

暗殺された原敬の代わりに台頭したのが、戦後総理大臣にまでなる岸信介だった。戦前に岸は、統制経済の仕組みを作った。戦後日本の経済復興は、皮肉にも戦前の統制経済の仕組の焼き直しであるという。官僚が計画を練り、企業と官僚が癒着し、欲望と消費が蔓延する。戦後日本の日常性、官僚というマクロに対して、三島は、天皇というより超越的なマクロを対置させようとして、共感を得られず切腹した。著者は、著述活動によって、近代官僚制を批判している。その仕事は、『日本国の研究』などに続いている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2011年2月26日
読了日 : 2011年2月20日
本棚登録日 : 2011年2月26日

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