たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説)

著者 :
  • 東京創元社 (2020年5月29日発売)
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「深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説」に続く那珂一兵もの。正確に書くと那珂が登場する作品は他に「アリスの国の殺人」「残照」があるのだが、そちらは"ただ登場するだけ"なので、探偵・那珂一兵ものとしては第二作になる。

副題を見れば分かるように前作から12年経っている。その間に戦争が激化し敗戦し、終戦後4年経ってもまだあらゆるところで混乱している。
例えば主人公、推理小説家を目指す風早勝利は高校三年生だが、実は前年まで旧制中学の五年生で、六・三・三制に変わったために出来たばかりの高校に三年生として編入することになった。終戦直後の混乱期に一年だけ高校に行かせる余裕のある家庭は少ないと見えて、三年生だけ生徒数が極端に少ない。
また男女共学に変わったばかりのため異性と勉強や部活をすることに戸惑いもある。それまでの日本は『男女七歳にて席を同じくせず』だったのだから、その混乱は想像出来る。
一方で友人の大杉日出夫と薬師寺弥生のように公然と親しく出来る生徒も一定数いて、そんな彼らをやっかみなのか抵抗感からかあからさまに攻撃する天野のような卑屈なタイプもいる。勝利はどちらにも属さない、その他大勢と言ったところ。

また前作は副題が「探偵小説」だが今作は「推理小説」となっているのも時代の変化による名称の変化。

肝心の事件だが、推理小説研究会・映画研究会合同での修学旅行中に起きた密室殺人事件と、やはり両研究会合同での部活動中に起きたバラバラ殺人事件の二つ。
被害者は両名とも嫌われ者だが、勝利ら高校生始め研究会関係者や居合わせた人々に動機があるのは一人しか思い付かない。だがこんな凶行がその人物に出来たかは疑問。逆に凶行自体は出来そうだか動機が思い付かない人物もいて、共犯だろうか、などとあれこれ考える。
トリックについては、密室の方は放棄してしまったがバラバラの方は何となく思い付く。
密室の方はかなりアクロバティック。しかしわざわざ密室にしたりバラバラにしたその理由の方に驚かされた。もう一つ、タイトルである「たかが殺人じゃないか」の意味もそこに通じていた。
ここだけでもなるほど、と感心。

相変わらず映画や推理小説談義が続いて思わず斜め読み。
だがその中に那珂一兵が金田一耕助の助手をしていたという創作エピソードが入ってきて驚く。なるほど、そこで推理力を磨いてきたのか。

この時期、仕方ないこととは言え年端もいかない少女たちが身を売らねばならなかったことに心が痛む。この作品に登場する少女のように良いパートナーに出会えた人はごく少数派で、大多数は辛い境遇のまま人生をやり過ごしたり、またはある登場人物の姉のような悲劇も多くあったのだろう。
なのに多くの男や、同性である女までも彼女たちを蔑み弾き出す。
勝利の戸惑いも心のゆれもなかなかリアルで、同級生や教師の一部のようにはっきり嫌悪感を剥き出しにすることはない代わりに、何だか自分だけが置いてきぼりなような疎外感を抱いたりもする。そんな世界を知らずにいるのは幸せではないかとも思うが、そんな勝利も死体を見慣れているという哀しさがある。

那珂一兵の探偵振りは淡々としている。事件を目撃したわけではないのにサラッと解明してしまう辺り、金田一の助手をしていただけのことはある。
しかしその心のうちを思うと切なくもなる。対して犯人の方が周囲を思いやっていて尚やりきれない。

様々な経験と思いを込めてついに書き上げた勝利の小説は。最後の最後に「そういうことだったか!」と、思わず最初から読み直す。
このシリーズでは一番印象深い作品となった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・名探偵
感想投稿日 : 2020年10月8日
読了日 : 2020年10月8日
本棚登録日 : 2020年10月8日

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