海の鳥・空の魚 (角川文庫 さ 24-1)

著者 :
  • KADOKAWA (1992年11月1日発売)
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本棚登録 : 658
感想 : 84
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 難しい小説、と聞くと使ってる言葉が難しかったり、設定が難しくて読み進めることができないのだと思っていました。でも、鷺沢萠さんの小説には、違った難しさがあると思います。
『海の魚・空の鳥』という短編集を選んだのは、一番最初に収められている「グレイの層」という小説を、高校時代、国語の時間に勉強して衝撃を受けたからです。
 このお話では、プロポーズを受けた女性がそれにどう答えるか、電車の中で自分のこれまでの人生を思い返しながら考えます。自分が今まで歩んできた、そしてもし今結婚すればそのまま歩み続けるであろう人並みな人生と、ここで違う選択をした場合に得られるかもしれない、普通とは違う人生への可能性。車窓をバックに思い悩む主人公の姿がずっと描かれるなかで、ふと入ってくるプロポーズの相手のセリフと、そして一瞬変わった車窓を目にして、主人公の心が動きます。
 初めて読んだとき、私は呆気にとられました。最初に書いたような「難しい小説」ではありません。教科書でも文庫本でも、ほんの数ページで終わってしまいます。
 過去を振り返る主人公が丁寧に描かれていたのが、急にさらっとした描き方に変わって、そして強烈な余韻を残して終わります。全体のお話ではなく、その人の心に注目しているからかもしれません。すごく躍動感のある写真を見たときのような、物足りないというわけではないのだけれど、そのちょっと先を見たくなるような、想像力を掻き立てられる終わり方です。
 この一冊には20編の作品が収められています。主人公の性別も、年齢もばらばらですが、少し前の自分を思い出したり、向き合ったりするところでほんの短いお話なのに登場人物がどんな人かを窺い知ることができます。ほんの数ページなのに、長い小説を読んでいるような厚みを感じることができます。でも今については最小限。読んだ後にそうだよな、と共感したり、それで良いのだろうか、自分だったらどうだろうと考えたりするお話ばかりではありません。何が、どこがきっかけでそうなったんだろう、とよく分からなくて何度も読み返したお話もいくつもあります。
 まるで本を読んでいるというというよりは、実際に登場人物について、もしかしたらその人自身と話をしているかのようです。それだけに、理解できないと悔しくて、この人はどういう風に考えたんだろう、どういう風に感じていたんだろう...と考えさせられます。
 作品を一つ読むごとに、もっとこの人についてわかりたい、新しい人に出会いたい、と思う、そんな本です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 短編集
感想投稿日 : 2013年12月21日
読了日 : -
本棚登録日 : 2011年10月20日

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