氷 (ちくま文庫 か 67-1)

  • 筑摩書房 (2015年3月10日発売)
3.73
  • (49)
  • (83)
  • (59)
  • (14)
  • (6)
本棚登録 : 1287
感想 : 101

視点はどこだ?
14日土曜日から少しずつ読んでいるアンナ・カヴァン「氷」。今日は第2章だけど、この章の前半部分の視点は誰なのか?「私」だとすれば、当人がそこにいなかったはずの情景を何故語ることができるのか? 第1章もそうだったけど、前に読んだ「鷲の巣」より場面が次々と変わってそれ自体で快感を覚えたりする。まあ、少女探し自体が「失われた自分自身を探す旅」であるらしいので、全てがこの「私」の頭蓋骨内で展開されている情景とも言えるが。
でも、核兵器の使用の疑いとか政治社会批判的な要素も少し含まれているんだよね。
 町は、次々と崩壊し無秩序な石の堆積と化した廃墟で構成されているようだった。波が壊し、さらっていく砂の城。かつてこの町を守っていた巨大な防壁は至るところで崩れ、両端は無益に海中に没していた。
(p52)
そんな情景の一つ。「シルトの岸辺」なんかもを思い出すけど、これ入力しながら想起したのはゼーバルト「土星の環」。防壁が海中に没しているところなど、人の記憶の忘却の果てに佇んでいるかのようでもある。
(2016 02/16)

氷とししゃも
「氷」3~5章。カフカっぽい気は「鷲の巣」よりこちらの方が強いけど、物語の筋?はまだこちらの方が追いやすい。構造が見えやすいというべきか。いろいろな場面が次々突然現れるというのも慣れれば溶け込みやすい。
いくつもの空間を同時に動いているというような奇妙な感覚があった。この空間の交錯に私は混乱していた。
(p88)
私=読者ともとれる、そんな文章。空間だけで時間概念というものはないのか。
一方、意外に筋は長官とつながって、「鷲の巣」の管理者よりは面倒見のいい人物…でも反対意見は我慢できず、なんだか催眠術的な能力もあるみたい。それに対する少女の方は…
少女が最も弱く傷つきやすかったころにシステマチツクになされた虐待は、人格の構造をゆがめ、少女を犠牲者に変容させた…(中略)…破滅に導くものが何であろうとさしたる違いはない。どのみち、少女はその運命から逃れることはできない。
(p85)
この少女の記述は作者とも共通するのかなあ。このフィヨルドもある「氷の国」のモデルはノルウェーなのかも。
ではししゃもも泳いでる?
(2016 02/17)

私=長官?
「氷」第6、7章。場面が幾つかの筋のものが並行的に現れるのとともに、視点まで私、少女、長官それに王?という関係図の私の視点に留まらず、長官の視点が交互に入ってくる。この点、「鷲の巣」より実験的手法に踏み込んでいる。
そして、私はこんな疑問を抱きはじめる。本当に我々は二人の人間なのだろうか…。
(p125~126)
当人が疑っているのだから、他人にはもっとわからないな(笑)…作者にもわからなくなってしまってる?
「鷲の巣」の反転で寒い雪の世界が続くけど、熱帯の要素が全くないわけではない。「鷲の巣」に出発時の都市の映像が繋がっているのと同様に、こちらにも熱帯的要素はある。それは私が研究しようとしている(というかとりつかれているような)インドリの歌声。そのレコードを少女が毛嫌いしていたことからも、何かここに読み解く鍵があるような気がするのだが…
今、半分くらいかな。
(2016 02/18)

シュルレアリスム的な樹の情景
「氷」昨夜読み分、8、9章。
一個の存在の片われ同士であったかのように、私たちは何とも不可思議な共生状態に溶け込んでいった。
(p159)
またこんな文章ですが、私と長官の関係は、元々一つのものだった可能性が高い。でも、この関係でもって作者がそこから何を引き出そうとしているのかは、まだわからない。
でも、この二人?の近さに比べると少女の位置はかなり遠くに感じる。髪の色を見ても、彼女を氷から逃すというより、彼女自身が氷なのではないか。
そんな少女の描写から。
少女は、黙りこくった無数の長身の人影の間をすり抜けていくことができる…(中略)…彼らが黒い樹々のように周囲を取り囲み、頭上高くのしかかってくるのに気づいた時、いつもの不安が再び頭をもたげはじめる。
(p161~162)
なんだかキリコ辺りのシュルレアリスム絵画に迷い込んでしまったかのような、そんな箇所。
…細部はいろいろ印象的で美しいのだけれど、全体としてはなんだかわからない、そんな小説感…
(2016 02/19)

「氷」の軸
「氷」。だんだん南下?してきて今のところ暖かい地方まで逃れてきた。なんだか、第二次世界大戦の戦中と戦後の時系列を、地球(と明記してある)の南北軸に移し替えているのでは?という気もした。
これまでで一番最南端?で、インドリに寄り添いながら「私」は何かの声を聞く。
 彼は時空間の幻覚について語った。過去と未来が結びつくことで、どちらも現在になりうる、そしてあらゆる時代に行けるようになる、と。
(p201)
そういうのが立ち現れてくるのがビジョン(幻影)であり、西洋ではこの幻影なるものを重視する伝統がある。
(2016 02/21)

破壊され断片的乱反射する平行世界
さて、やっと今日「氷」を読み終えた。
読後感は標題の通り。
このすべてが現実であり、実際に起こっていることなのだが、そこには非現実の感触があった。これは今までとはまったく異なった形で進行している現実なのだ。
(p237)
なんかでも最後には、私・少女・長官という三点セットの構図が崩れて、平行世界も最終的には一つに収まる。
やがて、その向こうには、降りしきる雪のほかには何も見えなくなってしまった。幻の鳥の群れのように、無の世界から無の世界へと果てしない飛翔を続ける、数限りない雪ひら。
(p256)
最後に近い部分から。
(2016 02/22)

氷の象徴するものの一つの説にカヴァンが常用していた麻薬というものがある。白い粉。身体を徐々に蝕んでゆく。それに犯された作者自身の内部に私・少女・長官が貼り付いている・・・
(2016 02/23)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 東京書庫箱2
感想投稿日 : 2016年2月23日
読了日 : 2016年2月22日
本棚登録日 : 2015年12月27日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする