メイド・イン京都

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2021年1月7日発売)
3.68
  • (22)
  • (84)
  • (64)
  • (6)
  • (1)
本棚登録 : 499
感想 : 63
4

 東京の輸入家具の会社を退職し、婚約者とともに京都の地に降り立った美咲を待っていたものは?

 自分の足で立って生きていくとはどういうことか。それを模索する1人の女性の姿を描いたヒューマンドラマ。第9回京都本大賞受賞作。
         ◇
 車窓から見える富士山を横目に、隣の席で熟睡する和範に目をやる。東京を出発したときは富士山をバックに2人で写真を撮ろうと言っていた和範だが、新横浜を出たあたりからぐっすり眠ってしまっている。まあ無理もないかと美咲はため息をつく。

 2か月前の暑い盛りに父親が急死し、和範の生活は一変した。
 和範の父は、京都で飲食店を中心に手広く事業を展開する会社の社長だった。その父親の死に伴い、長男の和範が後を継ぐことになったからだ。
 勤めていた銀行で和範が担当していた仕事の引き継ぎで、この2か月というもの和範は休みもろくに取れない状態だった。
 そんな中で美咲はプロポーズされた。仕事を辞めることも東京を離れることも予想だにしていなかったため当初は悩んだ美咲だが、和範の思いに応えたい気持ちが勝りその申し出を受けることにした。

 そして今、美咲は和範と一緒に京都に向かう新幹線に乗っている。
 まだ婚約中の2人だが、京都に着いてからが忙しい。1周忌明けになる予定の挙式の準備はもちろん、新居探しから始まる新生活の準備も大変だ。そんなことを考えているうち列車は京都に着いた。

 タクシーで向かったのは銀閣寺近くにある和範の実家だ。新居が決まるまでの間泊めてもらうことになっている。
 古都の町並みを通り抜け車が止まったのは、立派な家が立ち並ぶお屋敷町の中でもひときわ大きな邸宅の前だった。(「プロローグ」) 全8章とプロローグおよびエピローグからなる。

     * * * * *

 愛憎うずまくストーリーは、どちらかと言うと苦手です。必ずと言っていいほど主人公がイライラするようなトラブルに巻き込まれ、読んでいるこちらの胸が痛むからです。 ( 主人公がトラブルメーカーになるパターンもありますが……。)
 それでも物語中に救いの兆しがチラリとでも見えれば、こんな自分でも最後まで読みきることができたりします。
 本作での救いの兆しは、主人公の美咲が持つ人間性から発したものでした。

 美咲は主人公にふさわしい魅力的な女性で、その魅力を支えているのが2つの美点です。

 1つ目は、デザイナーとしての感性と才能です。
 美大出身の彼女は就活で苦労するものの最終的には美的センスを活かせる会社に就職でき、海外に買い付けに行かせてもらうなど適性に見合った仕事をしています。 ( 能力を発揮できている人は輝いて見えるもので、和範がひと目惚れする原因にもなりました。)

 2つ目は、物事を前向きに捉えられるという性格の純良さです。
 それは言動にも表れるもので、美咲に対し含むところのない人にとっては、好印象につながっていきます。 ( ただ、この長所は諸刃の剣でもあり、捻じくれた人たちから妬みや憎しみを向けられることにもなります。)

 これらの美点に惹かれた人たちが、窮地に陥った美咲に救いの手を差し伸べていくのです。そういった支援者の登場で窮地を切り抜けていくうち、美咲は真の自立を手に入れていく、その過程を読むのが楽しかったです。

 美咲を窮地に追い込む役回りの和範と姑および小姑は憎々しげでしたが、ある意味お約束のような悪役ぶりだったので、腹は立ちますが、そこまでイライラはしませんでした。

 厄介なのは……。

 ここまでで止めておきます。興味を持たれた方は、ぜひお読みください。


 ところで、本作には裏話としてのエピソードが2つあるので、紹介しておきます。

 1つ目は、主人公の美咲にはモデルとなる女性がいらっしゃるのですが、その女性の小学生時代の家庭教師が、当時大学生だった藤岡陽子さんだったことです。
 その谷口富美さんとおっしゃる女性は、現在でもアパレル関係で活躍していらっしゃいます。

 2つ目は、藤岡さんは京都本大賞受賞などまったく予想していなかったということです。
 そう言えば、姑小姑の言動に顕著に描かれる京都独特のいけず文化や、歴史や伝統にあからさまなプライドを滲ませて都びと以外に接してくる鼻持ちならない京都人の振る舞いなど、京都のネガティブなイメージの描写が多く登場していました。
 さらに、美咲がデザイナーとして成功を収めたのは東京に帰ってからである点や、美咲の精神的な支えとなった佳太は滋賀県在住の陶芸家である点など、京都を讃えるところがほとんどなかったのです。 ( 美咲のデザインそのものは京都の美にインスパイアされたものではありますが。)

 だから受賞の知らせにいちばん驚いたのは藤岡陽子さんだったようです。

 こういう裏話を読むと、なにかうれしくなりますね。

 ちなみに表紙裏表紙の写真で、鴨川沿いを歩くモデルの小石涼香さんが着ていらっしゃるのが谷口さんデザインのTシャツなので、読んでみようと思われる方はそのあたりもお楽しみいただければと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ヒューマンドラマ
感想投稿日 : 2024年4月14日
読了日 : 2024年4月14日
本棚登録日 : 2024年4月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする