「トリエステの坂」を読んだのはどれくらい前か。
内容が強烈に記憶に残っているわけではない。
なのに、読んで以来、なぜかこの人の文章を他に読みたい、と思うようになっていた。
控えめで静かな文体に惹かれたのかもしれない。
1960年代ごろ。
著者がミラノのコルシア書店に関わった日々についてのエッセイ集である。
コルシア・ディ・セルヴィ書店。
前身は大戦末期の地下組織で、戦後サン・カルロ教会の一角を借りて、キリスト教左派の聖職者や知識人たちが集まって作った書店とのこと。
この書店の運営に関わっていたペッピーノと、留学生だった筆者は結婚する。
運営に関わる人々の人生の変転。
(筆者自身も、やがて夫を失い、東京に帰ることになる。本書は、東京に帰ってから、そのころを回顧して書かれたものだ。)
客たち、教会のボランティア、ボランティアに支えられていた人々の生活。
パトロンとして関わった上流階級の人々。
ミラノの社会、歴史の厚みが見えてくる。
この本を読んでいて、自分はイタリアという国を全く知らないなあ、と感じた。
本書の描く時代は、だいたい60年代。
まだ戦争の記憶も生々しかったころだろう。
イタリア人がドイツ人に対して抱く複雑な感情も描かれ、ちょっとドキッとする。
ヨーロッパ系ユダヤ人だけでなく、中東にルーツを持つユダヤの人々も交錯する。
当たり前かもしれないが、それが南ヨーロッパだということだと気づく。
ミラノの街を知っている人が読むと、もっと実感を伴って読める作品かもしれない。
- 感想投稿日 : 2022年10月2日
- 読了日 : 2022年10月2日
- 本棚登録日 : 2022年10月2日
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