巨流アマゾンを遡れ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (2003年3月20日発売)
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感想 : 59
5

やっぱり高野秀行は最高だ。
本書は、アマゾン河の河口からその源流までを辿る、おやそ4ヶ月に渡る旅の記録である。
基本的にずっと船旅であり、様々な町や集落に降り立ちぶらぶらする。船ではハンモックで波に揺られ眠る。巨大なアマゾンを船で行くとき、あまりに広い河幅のため、そこは湖か海かのように見える。
おもしろいと思うのは、著者の感性と運だ。普通の人間なら慌てたりするアクシデントに遭遇したときも、彼はほとんど冷静だ。取材旅行である以上、アクシデント自体は心待ちにしている風でもある。
ある時、乗っていた船が座礁する。普段はのんびりしている現地の人たちも大慌てになり、船内はパニックに包まれる。この事件を前に著者は次のように書いている。
"今までのことが全てパーになってしまうという絶望感ーーというより、「無」に近い気持ちと、ついに奇跡の瞬間がやってきた(これを待っていたのではないか⁈)という興奮に捉えられた。"
こんな無茶苦茶な状況から、よく帰ってこられたなと思う。だがよく考えれば、著者はこの本を書く前も後も、ずーっとこんな旅を延々続けているのだ。恐れ入る。

とくに好きなエピソードをひとつ。
著者はカメラマンの鈴木さんとともにアマゾンを上っていくが、実はもうひとり別の知人に"逆ルートから旅をしてくれ、そして中間地点で落ち合おう"と声をかけていた。落ち合うと言っても連絡手段などないため、"12月1日〜6日、テフェという町の市場の隣のバーにて"という約束を頼りにするほかない。
凡人である私の感覚では、そもそも4ヶ月の工程で何が起こるか分からない、ケータイもないのに、まったく知らない土地で人と待ち合わせする、ということ自体が信じられない。テフェという町がどんなところだか、もちろん3人とも知らない。だが、彼らは、(ほとんど奇跡的な出会いにより)しっかり待ち合わせに成功する。
その知人は、旅程で何度も強盗にあい金は底をつき、なんとかテフェまでたどり着いたものの行商人として働かざるを得なくなっていた。彼は疲れてはいたが、普通の感覚で想像するような絶望感は見せず、ヨガに興じたり、町の裕福な娘といい感じになったりしており、「いろいろあったんだよ」と嘆息した。
著者は"もし行き違いになったらどうするつもりだったのだろう"とも書いている。なんて他人事な……。だが、読んでいるとだんだんこちらも麻痺してくるので、行き違いなら行き違いで、別のドラマが生まれただろうな、などと考えてしまう。

凄まじい旅だ。しかし、語り口はやはり軽妙であっけらかんとして、読んでいて何度も笑った。さらにいうと、著者の言語的・地理的・政治的な知識が時折垣間見え、勉強にもなる。彼でなければ、旅の途中で元コカインの運び屋と仲良くなり、アマゾンとアメリカと日本における末端価格の違いを考察するようなこともないだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 紀行文、エッセイ、ノンフィクション
感想投稿日 : 2020年10月6日
読了日 : 2020年10月6日
本棚登録日 : 2020年8月15日

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