私は梯久美子こそ当代きっての名文家の一人だと思うし、もちろん優れたノンフィクション作家だと思っている。
だからこそ期待のハードルが上がっていて、残念ながら、本書はそのハードルを超えられなかった(エラソーですね、すみません)。
よくできた評伝ではあるが、梯久美子の本としては印象が薄い。かつての大傑作『散るぞ悲しき』などと比べてしまうと、割を食って見劣りがするのだ。
終盤、原民喜の晩年にささやかな幸をもたらした女性・祖田祐子に梯が独自取材をするあたりから、俄然、文章が精彩を放ち始める。が、そこまでは〝フツーの評伝〟という感じで、あまり面白くない。
ミューズであり、母のごとき庇護者でもあった妻に先立たれた原民喜は、鉄道自殺によって世を去るのだが、その少し前に出会った年若い祖田祐子に、恋愛感情とも呼べないほど淡い、ある種ホーリーな感情を抱く。
原民喜と祖田祐子、そして若き日の遠藤周作――3人の不思議な関係を描いた終盤こそ、本書の圧巻である。
それにしても、原民喜という人はなんと孤独で、なんという生きづらさを抱え込んだ文学者であったことか。汚れきった娑婆世界で生きることに向いていない、硝子細工のように繊細な人だったのだ。
現代のコミュ障・ぼっち・メンヘラたちは、本書を読んで原民喜に共感できるに違いない。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
文学(作家論など)
- 感想投稿日 : 2018年12月15日
- 読了日 : 2018年12月15日
- 本棚登録日 : 2018年12月15日
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