ジャーナリスト/研究者として環境問題に長年関わってきた著者は、アフリカ、アマゾン、ボルネオなどで長く働いていたこともあり、「さまざまな熱帯病の洗礼を受け」てきた。
「マラリア四回、コレラ、デング熱、アメーバ赤痢、リーシマニア症、ダニ発疹熱各一回、原因不明の高熱と下痢各数回」(「あとがき」)を、これまでに経験してきたそうだ。
そのように感染症の世界を身をもって知り抜いた著者が、「病気の環境史に挑戦した」のが本書である。
人類誕生から現代までの約20万年間に展開されてきた、感染症と人類の戦いの歴史を綴っている。
著者自身の体験にもときおり言及されるが、基本は客観的な概説書だ。
感染症をめぐる世界史を鳥瞰した類書は多いが、管見の範囲では本書がいちばんよいと思った。研究者らしい正確な記述と、元新聞記者らしいわかりやすさのバランスが絶妙なのだ。
ウェブの連載コラムがベースになっているためか、面白い読み物にしようとする工夫も随所に見られる。
本書を通読すると、感染症との戦いが歴史を大きく変えてきたことを痛感させられる。
アレキサンダー大王も平清盛も、死因はマラリアであったとする説が有力だ(異説もある)。
江戸を襲ったコレラの大流行は、ペリー艦隊の乗組員にコレラ患者がいたことが原因とされる。その恨みが黒船や異国人に向けられ、攘夷思想の高まりの一因となった。
中世ヨーロッパで人口を激減させたペスト禍によって、「多くの農村が無人となり、荘園領主と農民の力関係が逆転し」、そのことが中世社会崩壊の原動力になった。
アステカ帝国崩壊の大きな要因となったのは、スペイン人が持ち込んだ天然痘だった。
一時はアステカ軍に撃退され、敗走寸前だったコルテスの軍隊が態勢を立て直して首都に攻め込むと、街はすでに天然痘による死者で埋め尽くされていたという。
20世紀初頭の世界を襲ったパンデミック――「スペイン風邪」(後年、インフルエンザと判明)は、あまりにも多くの兵士が感染して命を落としたために、第一次世界大戦の終結を早めた。
だが、「各国から参戦した兵士は、ヨーロッパ戦線で感染して本国にウイルスを持ち帰ったために、一挙にインフルエンザのグローバル化が起きた」とされる。
……と、そのように、感染症の猛威は歴史を変え、世界を変えてきた。
そしていま、コロナ禍によってまさに世界は大きく変わりつつある。その転換点の只中にいる我々が、「感染症の世界史」から学ぶべきことは多いだろう。
- 感想投稿日 : 2020年4月19日
- 読了日 : 2020年4月19日
- 本棚登録日 : 2020年4月19日
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