ハードボイルド小説翻訳/研究の第一人者(テレビドラマ『探偵物語』の原案者としても知られる)が、自らの半世紀に及ぶハードボイルドとのかかわりを振り返った大著である。
中身の大部分は、きわめて個人的な回想。だが、“ハードボイルド業界”のメインストリートを歩んできた人だから、個人的な回想がそのまま“日本のハードボイルド史”になっているし、小鷹流ハードボイルド論の集大成としても読める。
ハードボイルド小説のファンにはたまらなく面白い本だが、それ以外の人にとっては面白くもなんともないだろう。狭いミステリ業界の、さらに片隅に位置する“ハードボイルド業界”の歴史がつづられているのだから。
私自身はまだ読んでいないのだが、村上春樹による話題の新訳『ロング・グッドバイ』には、本のどこにも「ハードボイルド」という言葉が使われていないのだそうだ。
つまり、「ハードボイルド」という言葉は、いまやそれほど不遇をかこっているのだ。何より、「ハードボイルド」と銘打っても本が売れない。また、「ハードボイルドとは男性用のハーレクイン・ロマンスなのだ」という、斎藤美奈子の恐ろしく的を射た揶揄もひとり歩きして定着しかかっている。
そのような時代の波に逆行し、あえて「ハードボイルド」という言葉に徹底的にこだわった本書は、痛々しくも感動的である。
資料的価値も高い労作であり、ハードボイルドに興味のある向きは手元に置いて損はない一書。たとえば、村上春樹版『ロング・グッドバイ』を論じようとするなら、本書を読んでからにすべきだろう。
本書には、次のような印象的な一節もある。
《真の翻訳作業を通じて原著と四つに組んだものにしか到達し得ない理解の深みというものが翻訳にはある。原文を具体的に日本語に置き換える作業そのものが作品論であり、作家論であり、文体論なのだ。》
- 感想投稿日 : 2021年7月7日
- 読了日 : 2007年4月9日
- 本棚登録日 : 2021年7月7日
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