夫・車谷長吉

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  • 文藝春秋 (2017年5月12日発売)
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 2015年に亡くなった私小説作家・車谷長吉の思い出を、妻で優れた詩人である著者が振り返ったもの。2人の出会いから永訣までが、ほぼ時系列で綴られている。

 もう10年以上前だが、私はこのご夫妻を某誌の「おしどり夫婦特集」で取材させていただいたことがある。そのときのことを思い出しつつ読んだ。

 2人は共に40代後半で晩い結婚をしたから、夫婦として過ごしたのは約20年。
 その間、車谷の直木賞・川端康成文学賞受賞、高橋の読売文学賞・藤村記念歴程賞受賞などがあり、思えば華々しい年月である。

 だが、その一方で、車谷の病や、私小説に描いた人から名誉毀損で訴えられるなどの筆禍が続き、波乱万丈の20年でもあった。

 本書は全体が6つのパートに分かれている。そのうち、愛の物語として最も胸を打つのは、結婚に至るまでの日々を綴った「Ⅰ」の部分である。

 高橋の詩「木肌がすこしあたたかいとき」に深く感動した車谷は、計11通もの絵手紙を一方的に送りつけるなどして、彼女への思慕をつのらせていく。
 それは、高橋を自らの「ミューズ(芸術の女神)」として渇仰するような、特異な恋のありようであった。

 一方、高橋も、車谷の小説を読んで次のように思う。

《これほどの小説を書く人が世に埋もれているのは、よほど頑固で風変わりな人ではないかと思った。それとともに、この人はおろそかにできない、という気持ちが湧いてきた》

 2人の結びつきは、互いの才能を認め合うところから始まったのだ。
 その意味で、与謝野晶子と鉄幹、パティ・スミスとロバート・メイプルソープの恋のような、表現者同士の恋の物語として強い印象を残す。

 本書には言及がないが、車谷が高橋について書いた「みみず」という名エッセイがある(『錢金について』所収)。
 作家として「埋もれて」いた車谷は、高橋との出会いを機に、三島賞を受賞するなどして脚光を浴びる。そのことで「あなたは私のミューズだった」と讃えると、高橋は「私なんて蚯蚓(みみず)ですよ。でも、蚯蚓は土の滋養になるのよ」と答えたという。

 車谷長吉にとってのミューズ・高橋順子が、万感の思いを込めて亡き夫との年月を綴った書。車谷作品の愛読者なら必読だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学(作家論など)
感想投稿日 : 2018年9月29日
読了日 : 2017年6月23日
本棚登録日 : 2018年9月29日

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