極地探検家や登山家はどのようなことを考え、なぜ危険な状況へ身を置くのかを知りたいと思って読み始めてみたが、予想していた以上に骨太の人間ドラマだった。
作中様々な「山屋」が登場するのだが、語り部の深町を含む多くが何らかの形で仕事などの現実に縛られているのに対して、どこまでも人間関係に不器用ながら一途に山に生きる羽生が好対照をなしていると思った。また、実際にエヴェレスト登頂を試みたまま帰らなかったジョージ・マロリーのカメラをめぐる謎解き要素もあり、読んでいてだれることがなかった。山に登る人間以外にも、現地で出会う元グルカ兵や老シェルパなどのキャラクターの人生や、外貨獲得の手段に乏しいネパールは観光客を呼ばなければならないが、その自然が観光客を呼ぶほど破壊されていくというネパールの現実が物語により深みを与えていた。
8000メートル級の山の中では、あまりにも空気が薄いのでただ眠るだけで体力を消耗し、おびただしい数の脳細胞が死んでいく。幻覚さえ見え始め、高山病で死んでしまうこともある。羽生の手記や地の文で高山病の症状が現れた影響に触れられている箇所がいくつかあるが、手袋をしているから脈をとれないことに気づけず、脈をとろうとして手袋を外してしまい、外気にさらされたために脈が取れなくなるのに自分の中で意識が堂々巡りしてそれに気づけない描写が特に生々しく恐ろしかった。何故こんなことをしているのか、投げ出してしまえば楽になるじゃないかと自分が語り掛けてくるところは長距離走の最後の方できつすぎてよくわからなくなってくる時間を思い出して本を読んでいるだけなのに苦しくなった。
当初の目当てだった山を登る人間の心情は細かく描写されているし、山を登ることへの理由は、深町が羽生のことを調べ始めてからの内面的変化の過程にその答えが語られている。羽生に影響されて深町がそれを自覚したように、読者も深町を通してそれを感じることができると思う。
- 感想投稿日 : 2020年6月14日
- 読了日 : 2020年6月14日
- 本棚登録日 : 2020年6月13日
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