待ち遠しい

著者 :
  • 毎日新聞出版 (2019年6月8日発売)
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穏やかな性格の40代独身の主人公と、夫と死別し一人暮らしを始めた陽気な60代、母子家庭&ヤンキー社会で育った新婚20代。世代と価値観の異なる女性3人の交流物語。

「あなたのため」という善意的な行為により、受ける側が精神的に削られ摩耗していく日常に、どう折り合いをつけるか。

主人公の春子は、独身ゆえ「未婚は半人前」「誰かいたほうがいいでしょ」的な言動にさらされるが、自分の人生を否定したり悲観することなく、自身の「好き」の輪郭を徐々にくっきりさせてゆく。

対して年下の沙希は、女は早く結婚し出産してこそ一人前というヤンキー的な価値観どおりの人生を歩むが、その価値観から外れた春子と出会い、明確に描写されていないが実は無意識に動揺したのではないか。

不躾な会話をして「子供はかわいいが自分は欲しいとは思わないなぁ」と言うセリフを春子から引き出しておいて、「人として普通じゃない」「すごい冷たい人」という言葉を投げつけ、マウント取りをする沙希。その根底には、母親や「先輩」なるヤンキーコミュニティに認められるため諦めてしまった何かがくすぶっており、それを今さら意識したら生きていけないという絶望が感じられる。

そのくすぶりや悲しみを、娘のためだと言えば何をしても構わないと思っている母親や、ヤンキー先輩や夫が理解できるはずもなく、この闇を受け止められるのは全く正反対の人生をささやかに紡いでいる春子だけだと直感している沙希。春子も沙希もそれぞれストレスを抱えているが、控えめなのに同調せず自分のペースどおりに歩む春子と、不快さを振りまくのに周囲の期待どおりの人生を歩んでしまう沙希という対照的な2人。

周囲から祝福され幸せ者と見なされている沙希が、春子を見つめる終盤のシーン。主要登場人物の中で最も絶望が深いのは、おそらく一番若く祝福されている沙希であり、将来のメンタル闇落ちを予感させ、その時に一番必要な存在は母親や先輩や夫でなく、マウント取りをして落としめたはずの人たちだろう。

ここ最近は、読者の心に爪痕を残したり社会的な痛みを突き付ける韓国文学に親しんでいたせいで、本作のような印象派的な淡い描写に物足りなさを感じたが、過酷さや激しさの中をくぐり抜けるような韓国の表現に対し、あらゆる世代に蔓延している同調圧力に対する折り合い(抗ったり争うことは稀)が課題のような日本だから、このような透かし絵のような淡い情景になるのだろう、と勝手に分析。そう思って本作を振り返ると、安易に恋愛で解決しないところやドラマチックでない舞台設定が現実的で好感を持てるし、薄味のようでいて結構な闇を垣間見ることもでき、なかなかの味わい深さを堪能した。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年9月21日
読了日 : 2022年9月20日
本棚登録日 : 2022年9月20日

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