大阪の神さん仏さん

  • 140B (2012年8月10日発売)
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【大嘗祭と言いますが、その翌年には「八十島祭」が行われました。典侍という女性が天皇の御衣を収めた筥を携えて上町台地の北端にあった難波津に向かい、御衣に風を受けるのです。新しい天皇に国土の支配権を授けることを呪術的に保障するためだったと言われています。この八十島祭に祀られるのが、生島神と足島神で、今も生國魂さんに祀られています。】というのは、地元すぎる話だが、あらためて大阪城を歩きたくなった。
 あと、能の「白楽天」は観てみたい。「白楽天」は外国を意識した、ナショナリズム的な話っぽい(?)ので、面白そうだ。実際はどうかは観てみないとわからない。聖徳太子を本格的に読む前に、叡福寺、野中寺、大聖勝軍寺の三つは巡りたい。色々と勉強になった。

 あと、蓮如が「毛坊主」のように、仏の前では平等で上座も下座もないとして、蓮如は高いところから教えを述べたりせず、横並びであったという。浄土真宗の横並び感覚、信頼関係、そして、清めの塩や忌中などの宗教的な習俗や習慣を拒否したり、お上をあまり信用しない気質、古い習慣を壊すのもわりと平気である性質について、大阪の浄土真宗(蓮如)をからめて述べているが、納得はできる。その後に書かれている「ヒメヒコ制」について、「ヒコとは合理性や権力や秩序や論理性のことであり、ヒメとは不合理や情念や混沌を表す」のだという。古代社会ではこの両者の役割分担と協同によって、共同体の統率が可能となったのだとあるのだけれども、大阪人は、この蓮如と浄土真宗による「合理さ(ヒコ)」によって、ヒメが追い詰められ、ヒメヒコのバランスがくずれ、「ヒコヒコ」になり、ホモソーシャルになりがちな風土となっているのではないかとも思われる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 国の学び
感想投稿日 : 2019年11月3日
読了日 : 2019年11月2日
本棚登録日 : 2019年11月2日

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