個人的に現代アメリカを代表する最も重要な作家の1人と考えているコーマック・マッカーシーの長編第9作。既に単行本時として翻訳されていたが、当時の『血と暴力の国』から改題され、原題と同じ『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』として今回、文庫化で復刊されたのが喜ばしい。
コーマック・マッカーシーという作家の魅力を説明しようとしたとき、「血と暴力の国」というワードは極めてシンプルにその魅力を表している。単行本時にこのタイトルが選ばれたのもよくわかる。本作を10ページほど読むだけで、5名が無惨な暴力で殺され、血に塗れることになるのだから。
マッカーシーの作品は一般的には犯罪小説などの意味合いを持つノワール(暗黒)小説、と括られることがある。しかし、個人的にはその括りには違和感がある。ノワール小説の多くは単に犯罪、血と暴力などの意匠によって記号的に成立するのに対して、マッカーシーの作品においては世界がいかに存在するかを描こうとしてときに不可欠な意匠として犯罪、血と暴力などが存在しているからである。
本作、”NCFOM”では、メキシコの麻薬密売人の金を持ち逃げした男と、彼を追う謎のサイコパス的なシリアルキラーの男、そしてその暴力を食い止めようともがく保安官の男、という3名を主軸に物語が描かれていく。血と暴力はますますとエスカレートしていくなかで、物語のキーマンである保安官の男が見せる内省にこそ、本作の隠れた主題が込められている。
なお、『テスカトリポカ』で度肝を抜く文学世界を見せてくれた作家、佐藤究が本作では解説を寄せている。彼が本作に解説を書くということを知ったときに、個人的には強い納得感を覚えた。現代日本において、コーマック・マッカーシーと極めて近い場所にいる作家こそ、彼である、という両者のつながりを感じたからである。
- 感想投稿日 : 2023年4月16日
- 読了日 : 2023年4月16日
- 本棚登録日 : 2023年4月9日
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